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「正しい」は「儲かる」に勝てない?

先日、日経ビジネスに「米国で急拡大、ユーススポーツビジネスの不安 〜大学スポーツを凌駕する巨大マーケットの全貌とは?」と題したコラムをアップしたのですが、これが意外に多くの方に読んで頂いたようで、当日のランキング3位まで行きました。

 

競技の早期専門化(若いうちにプレーする競技を1つに絞ること)による競技レベルの減退は、アメリカでもスポーツ組織の経営者が大きな懸念を示している話題です。このコラムを読んでくれた北米でアイスホッケーのコーチをしている知人(若林弘紀さん)と意見交換する機会があったのですが、現場のコーチの実感としても早期専門化の弊害を肌で感じているということでした。

 

彼が分かりやすい例として挙げてくれたのはゴーリー(ゴールキーパー)の育成で、専門化が進む今では7〜8歳までにゴーリーのポジションを固定することが多くなってきているそうなのですが、スケーティングなどの基本的なスキルが身に着く前に専門的なトレーニングを始めてしまうため、かえって上達が遅くなるんだそうです。そして、10歳くらいでプロみたいな動きができるようになるものの、その後急速に伸び悩むんだとか。逆に、他のポジションでプレーしていて10歳以降にゴーリーになった子供の方が明らかに伸びが早く、その後のポテンシャルも高いようです。

 

こうした早期専門化による弊害はコーチの間でももちろん共有されているようですが、ビジネス化の進展により、これまでコーチが有していたユースプログラムの方針決定権が、育成と事業の双方に責任を持つ施設(スケートリンクなど)のプログラムディレクターに移管されるようになり、歯止めが利かなくなっているようです。つまり、コーチは弊害に気付きながらも口を出せなくなってしまい、ディレクターも知らないわけではないんでしょうが、施設経営の観点から儲かる方向に舵を切らざるを得ない。これがビジネス化の怖いところですね。「ジュニア世代のエリート化」「施設の収益最大化」という短期的な個別最適を志向した結果、集団全体としての育成レベルが下がってしまう。これは「合成の誤謬」そのものです。

 

ビジネス化が進んでしまうと、どうしても「正しい育成」より「儲かる育成」の方が優先され、それが強力に推進されてしまいますから、競技全体で育成のグランドデザインを考えておく必要がありそうです。実際、米ホッケー連盟は2009年に科学的根拠に基づいた年代別選手育成手法を「American Development Model」として体系化し、一括して導入して成果を上げているようです(詳しく知りたい人は若林さんのこちらのコラムをご覧下さい)。

 

で、この早期専門化による弊害なのですが、同じことがビジネススキルについても当てはまるのではないかと思います。例えば、スポーツ界で活躍するために、スポーツビジネスを高校や大学で学ぶ必要が本当にあるのか? 僕は必ずしもないと思います。

 

スポーツビジネスは一見華やかに見えるのでカネになります。こうしたビジネスの論理により、「正しい教育」より「儲かる教育」が幅を利かせているようにも見えます。僕もSBAというスポーツビジネスの教育プラットフォームを運営しているので、この点は自戒したいと思います。

 

ビジネスパーソンとして活動できる時間は少なくとも40年、今後定年が伸びれば45年かひょっとして50年は働くことになります。将来スポーツ界で活躍することを夢見ている学生さんには、「いち早くスポーツ界に就職する」ことと「将来スポーツ界で活躍できる」ことは必ずしもイコールではないということに気付いてほしいと思います。

 

これは業界関係者なら皆知っている不都合な真実ですが、スポーツ界は丸腰でいち早く就職して伸び悩んでバーンアウトしてしまう人が非常に多い業界です。言い方は悪いですが、こういうクラスタの人が定期的に入れ替わりながら安価な労働力を提供して現場を回しているのが実態です。

 

僕もこれまで多くの学生(ほとんどが大学生。稀に高校生も来る)の進路相談に乗ってきましたが、10人中9人、いや100人中99人は「どうしたらスポーツ界に入れますか?」という質問をしてきます。残念ながら「どうしたらスポーツ界で活躍できますか?」という質問をされたことはほとんどありません。「儲かる教育」の餌食にならないためには、目利き力や人生構想力を高めて自衛するしかありません。

プリンシパル(原理原則)

明けましておめでとうございます。

 

2018年1月1日でトランスインサイトも設立12周年となり、会社としては13年目の年に突入しました。私個人としては、米国滞在18年目ということになります。

 

この18年間はいろいろありましたが、振り返るとあっという間でした。渡米当時は「アメリカ在住18年」などと聞くと、「もうほとんどアメリカ人みたいな日本人」というイメージがありましたが、今は自分がそう見られているのでしょうね(苦笑)。2か月に1回程度は日本に出張していることもあり、同じ立場になっても本人にそのような自覚はほとんどないのですが。

 

米国に渡ったのは、2000年8月2日でした。日付までよく覚えています。文字通り片道だけの航空券でボストンのローガン空港に降り立ち、夜遅かったためFenway Parkの裏のBuckminsterというホテルに宿泊しました(もっとも当時は土地勘もなく、それがFenway Parkの裏にあるホテルだと気づくのは少し後になってからですが)。

 

翌朝目覚めた時の気持ちは今でもありありと覚えています。見知らぬホテルの天井が視界に飛び込んできた時の形容しがたい不安感。雨模様のボストンの街を眺めながら、この先どうするんだろうと確固たる計画のない人生に途方に暮れ、胸に溢れてくる寂寥感。「不安と期待の入り混じった」というよりは、「ほとんど不安しかなかった」と言った方が正確かもしれません。

 

当時、27歳でした。でも、今思えばこの日から自分の「本当の人生」が始まり、人生が展開し始めたのだと思います。「カチッ」とスイッチが入った感じです。

 

私の好きな言葉に、「Life begins when you get out of the grandstand into the game」(観客席を降りて試合に参加しなければ本当の人生は始まらない)というものがあります。それまで、受験、就職といった人生の節目イベントに特に何の疑問も持たず、車の助手席に乗っているかのような人生を送ってきていましたが、退職、留学という自分の人生の舵を大きく切る決断を初めてしたのがこの時でした。まあ、格好良く言えば、この時に人生の運転席に乗り換えたんだと思います。

 

でも、この時には、その後自分がアメリカで2回も起業し、18年も滞在することになろうとは全く思ってもいませんでした。そして、27歳だった若者は、44歳の立派なおっさんになりました。

 

18年も活動を続けていると、いろいろなものが手に入ります。それは、業界内での人脈だったり、お客様からの信頼だったりするわけですが、一方で失っていくものも少なくありません。それは、体力だったり、勢いだったりします。

 

40歳を超えた頃から、本当に面白い仕事冥利に尽きる仕事に関われる機会が少しずつ増えてきました。留学した頃に思い描いていた、日本のスポーツ界を変えるインパクトを残せるような仕事です。でも、冷静に考えると、これは自分に実力が着いてきたから手に入れることができたのではなく、そうした仕事に関わっている方々と以前から志でつながっていたからなのです。そして、こうした同志と知り合ったのは、実は僕の留学直後だったケースが意外に多いのです。

 

見方によっては、そうした志を共にした絆がようやく仕事で花開いたと考えることもできます。これはこれで胸熱なストーリーです。しかし、一方で「これは怖いな」とも感じる自分がいます。

 

留学直後の自分にはほとんど何もありませんでした。あったのは、日本のスポーツ界を健全に発展させたいという「勝手な使命感」と、それを人生をかけて実現したいという「損得勘定のない志」だけでした。そもそも、当時は損得勘定できるほど自分の中にモノがありませんでしたから。

 

それから18年経った今、失うものがなく怖いもの知らずだった当時の自分が持ち得ていた使命感や志を同じレベルの純粋さで維持できているかと自問自答した時、自信をもってYESと言えるのか?年とともに失ってはいけないものがあるとすれば、それは志の高さや純粋さなのかもしれません。今食えてるのは、無邪気だった昔の自分の遺産なのかもしれない。こう考えると、本当に怖いです。

 

正月はこうした振り返りにはいい時間ですね。今年は、18年前になぜ自分がアメリカに渡ったのか、何を成し遂げたかったのかを思い出し、トランスインサイトを創業した時のプリンシパルを再確認しながら仕事ができたらと思います。そして、これはもはや無理な願いなのかもしれませんが、渡米当時の無邪気さを取り戻したい、少なくとも思い出したいと思います。

 

ということで、2018年もどうぞよろしくお願いします。

今年もまだ見ぬ同志との出会いを楽しみにしています。

 

Trans Insight Corporation

President

鈴木友也

 

米国大学スポーツの不都合な真実

BROKE(なぜスポーツ選手は一文無しになるのか?)」などでも触れましたが、ESPNの良質ドキュメンタリー「30 for 30」はテレビでまとめ撮りしておいて時間がある時に見ています。最近見てとても面白かったのが「One and not done」。

 

これは、現ケンタッキー大学バスケ部ヘッドコーチJohn Calipariのライフストーリー。CalipariはNCAAバスケ界で最高報酬をもらうHCの一人で、その年俸は800万ドル(約8億8000万円)。ケンタッキーといえば大学バスケの名門で、全米ランキング1位になることも珍しくありません。そんな名門バスケ部のHCであるCalipariは「プロになる可能性があるなら、大学なんて卒業する必要はない」と公言する米大学スポーツ界の異端児です。

 

少なくとも「教育がスポーツに優先する」という建前のあるNCAAでは、彼の発言はPolitically Correctではありません。しかし、実質的に米国ではバスケとフットボールで大学がプロのマイナーリーグ(人材育成機関)となっており、特に「Power 5」と言われる上位カンファレンスの実態はプロスポーツそのものです。HCはプロ同様に勝敗だけで評価され、勝てばインセンティブでボーナスも増えます。口には出さなくとも、本音ではCalipariと同じように考えている勝利至上主義のHCは少なくないでしょう。

 

番組の中でも特に衝撃的だったのは、部員に2ドルの宝くじを実際に手に取らせ、「いいか、普通の人間は2ドルの宝くじで当たることのない夢を買う。でも、お前たちは宝くじを買う必要はない。なぜなら、お前たち自身が宝くじそのものだからだ。それも、今手にしているくじよりもよっぽど確率の高い。この大会で活躍すれば、お前たちはプロになれる。そうすれば、普通の人が稼げない大金を手にできるんだ」と発破をかけるシーンです。

 

トップアスリートの中には、スラムやプロジェクト(低所得者用の住宅街)出身の選手も珍しくありません。彼らが貧困の連鎖から抜け出せるのは、スポーツしかないのです。ある選手が大学1年で活躍後、2年目も大学に残りたいとCalipariに相談しに来た時、「本気で勉強したいなら、大学なんて後からでも卒業できる。でも、プロになれるのは今しかない。馬鹿なこと言わずにプロに行け」と選手を追い返してしまったのです(結局彼は大学を中退してNBA選手になった)。

 

Calipariが周りに敵を作ることを恐れずにこう喝破できるのは、彼自身の生い立ちにあるのかもしれません。彼はイタリア移民の3世で、移民1世の祖父は炭鉱で働き(肺病で若くして亡くなる)、2世の父親は炭鉱や飛行機の燃料入れなどの職を転々として貧乏暮らしだったそうです。彼自身が貧困から抜け出すために選んだ手段がスポーツだったのです。彼の場合、それは選手としてではなくコーチとしてでしたが。

 

個性が強いCalipariの評価は分かれます。Calipariが嫌いな人は調和を乱すトラブルメーカーと評します。しかし、教え子たちからは絶対の信頼を得ている毀誉褒貶の激しい人物。彼は教え子に対しては一切手を抜かず、高校までスター選手であっても本音で罵倒し、挑戦し、能力以上の存在に引き上げていくのです。そして、数々のNBAプレーヤーを世に輩出しています。

 

NBAは2005年からドラフトに年齢制限を導入し、19歳(高校を卒業して1年経過)にならないとドラフト指名できないルールを導入しました。当初、ルール上有資格になるのは19歳とはいえ、大学に進学した選手は卒業までプレーするのが常識とされていました。しかし、この常識を覆したのがCalipariでした。選手に大学で1年プレーさせたあと、躊躇なくプロ入りさせて行ったのです。これを俗に「One and done」(1年で終わり)と言います。

 

彼は2009年からケンタッキーのHCとして指揮を取っていますが、名門大ですから全米中から選りすぐりの人材が集まります。彼らをプロに通用するレベルまで引き上げ、バンバンNBAに送り込んでいるのです(実際、昨年までの8年間でケンタッキーから48名のNBA選手を送り出している)。そんな彼の指導法は、“教育を隠れ蓑にしたビジネス”として度々批判されるNCAAの欺瞞を象徴する行為として糾弾されますが、彼はそれを一ミリも気にする素振りを見せません。

 

彼が気にするのは、選手の将来だけです。バスケットボール選手としての能力を最大に引き上げることこそが、彼らの人生に最も大きな変化をもたらすことだと確信しているのです。彼は育て上げた選手を惜しげもなく在学中にNBAに送り込んでいきますが、そんな彼の指導を求めて全米から選手が殺到しているので、批判にさらされながらも、このモデルは回り続けています。ケンタッキー大バスケ部は今や完全にNBAのマイナー球団になっています。

 

番組内では、Calipariの教え子たちの多くがインタビューに答えていますが、彼らは「本気で取り組むことでどんな困難でも打開できることをCoach Caliから学んだ」と異口同音に答えているのが印象的でした。心からそう思っているようでした。そして、プロ志望の学生に形だけ単位を整えて大卒資格を手渡すより、こうした揺るぎない信念が得られる方がよっぽど意味のある教育と言えるのではないかという印象を私は持ちました。

 

このドキュメンタリーのタイトルは「One and not done」(1年で終わりじゃない)。これは、現在のNCAAに対する痛烈な批判であるようにも見えます。

 

現在、NBAは年齢制限を撤廃するためにNCAAと意見交換をはじめました。これは、今年発覚したNCAAバスケ界のスキャンダルにより生まれた動きです。プロ入りが有望視される高校生のトッププロスペクトに、有名大学やアパレルメーカーなどから賄賂が贈られていたことが明らかになり、FBIが捜査を開始したのです。

 

米国大学スポーツで収益を生んでいるのは、バスケとフットボールだけなのですが、これは両競技にはプロリーグ(NBAとNFL)のドラフトに年齢制限があるためです。そのため、高卒で即プロ入りできないため、ある意味で大学スポーツの利権が守られてきたのです。

 

しかし、NBAで年齢制限が撤廃されれば、トップ選手は大学に行かずに直接NBAに行くことになるでしょう。NBAもこれを見越して、今年更改された労働協約では傘下のマイナーリーグであるGリーグの選手待遇を改善していますし、最近はメキシコなど海外にもGリーグ球団を拡張する動きを見せています。これは、年齢制限撤廃後のNCAAとの人材獲得競争を見越した動きの様にも見えます。

 

大学スポーツのあるべき姿とは?」でも書きましたが、来年7月には18-22歳を対象にしたプロフットボールリーグ「Pacific Pro Football」も開幕する予定です。今後、今まで稼ぎ頭だった2競技でNCAAとプロリーグが直接的に競合していくことになるわけですから、米国における大学スポーツの在り方も変わっていくのではないかと思います。

SBAセミナー2本立て

顧問をさせて頂いているBリーグのファイナルに合わせて今月日本に一時帰国するのですが、それに合わせてSBAでもセミナーを2つ開催する予定です。その告知をさせて下さい。

1つは25日(木)の「ソーシャルスポンサーシップの可能性」。昨年くらいからこのブログでも何度か触れていますが、米国では10年少し前からスポーツ組織が社会課題の解決者としての自覚を強め、エンタメ競争環境でのValue Propositionを大きく変えています。そのきっかけを作ったのがNBA Caresなわけですが、日本でも同じような文脈からスポンサーシップの新しい形を提案できないかと考えています。

昨年頭にBリーグ幹部とNBAの表敬訪問に同行させて頂いた際、大河チェアマンから顧問を依頼され、その後、葦原事務局長から「とりあえずNBAを徹底的にベンチマークしたい」という相談を受けて、手始めにNBAの革新的な経営を象徴する取り組みとしてNBA CaresとTMBO(リーグ機構に設置されたクラブへのコンサルティング部署)の仕組みや歴史的な発展経緯を紹介させてもらいました。

あれから1年ちょっとたちますが、スポーツ組織がソーシャルイノベーションを主導する画期的なプラットフォームとして、今年1月に「B.LEAGUE Hope」が立ち上がりました。多分にNBA Caresを意識したものですが、良いものはどんどん真似すればいいですよね。損する人はいませんから。

スポーツの持つ可能性はソーシャルセクターからも近年注目されつつあり、僕も畑違いであれでしたが、こんなところこんなところでスピーチさせて頂く機会を頂戴したりしています。ソーシャルセクターの方々との意見交換などを通じながら、どのような形で仕組みを作るのがいいのか、ここ1年くらいは試行錯誤していたのですが、やはり事業の軸になる部分は民間(つまり、スポーツ組織と協賛企業)主導で行った方が良いのかなという印象を受けています。セミナー当日は、そうした体験談なども話せる範囲でお話しできたらと思っています。

民間主導のスポンサーシップ(企業協賛)という文脈で社会課題解決を考える、というのが「ソーシャルスポンサーシップ」という言葉の表すところです。日本の場合はまだ露出重視のメディア・ドリブンが主流なため、協賛企業の課題を解決するイシュー・ドリブンへの移行が期待されているところなのですが、イシューをもう少し広く捉えた(企業課題<社会課題)のがソーシャルスポンサーシップと理解すると、その進化の過程が分かると思います。

 

もう1つは、29日(月)の「学生スポーツのあるべき姿を考える」。これは、いわゆる「日本版NCAA創設」に向けて動いている日本が、100年先を行く本家NCAAの成功と失敗から何が学べるのかという内容です。

スポーツは日本を再興するか?」でも書きましたが、この話はもともとアベノミクスで2020年までにGDP100兆円を積み増すための10の「官民戦略プロジェクト」の1つにスポーツの成長産業化が入ったところから生まれた話です。その意味では、「大学スポーツで稼ぐ」という点から出発した取り組みでした。

この点については、スポーツ庁の「大学スポーツの振興に関する検討会議」の座長である小林至さんに先月SBAにもお越し頂き、日本版NCAA構想の要旨、今後の可能性や課題などについてお話頂きました。検討会議の最終とりまとめを見てみるとわかりますが、大学のガバナンス改革や学生アスリート支援、地域振興など、日本版NCAAでは「稼ぐ」部分に直接的に関与しない役割への期待が増しているようですね。

とはいえ、長期的には大学スポーツの事業化を目指す方向性が変わったわけではありませんので、極端な事業化へのかじを切って問題が噴出しているNCAAを他山の石として学ぶことには意味あるのではないかと思います。やはり、問わざるを得ないのは「教育機関がスポーツの事業主体になるべきなのかどうか」という点です。教育機関がスポーツビジネスの担い手にならない場合、どのようなシナリオが考えられるかなどについても、米国の事例などを交えながら当日議論できたらと思っています。

ESPNのレイオフに思うこと

米スポーツ界ではESPNのレイオフが話題になっています。

ESPNは4月末に約100名のスタッフを解雇したのですが、その中に大物アンカーや解説者、記者が含まれていたことや、レイオフのやり方が酷かったということがさらに話題を呼んでいます。まあ、FBI長官もいきなり解雇される国ですから個人的には驚きませんが、とはいえ自他ともに認める米スポーツメディアの雄であるESPNの非情な姿勢に、レイオフには慣れているアメリカ人も少しびっくりしているようです。

先週、知り合いのスポーツ記者とランチした時もこの話になり、やはりテレビや新聞といったオールドメディアに勤めている者は、このニュースは他人事とは思えないと言っていました。仲間内で「え、あの記者も解雇されたの?」という驚きが広がっているようです。米国では、一般的に給料が高い人材からレイオフされますが、それがPersonalな話題として自分事になると、やはり衝撃は大きいんでしょうね。

ESPNは今でも約8900万世帯にリーチを持ち、スポーツ専門テレビ局としては群を抜いた存在感を示していますが、OTTの隆盛によってコードカッティングが進み、過去3年あまりで購読者数を1000万世帯減らしています。ソーシャルメディアの登場でファンのコンテンツ消費形態が大きく変わり、「スポーツニュースはその日の夜にまとめて見る」というのは過去の物になってしまいましたね。これだけハイライトがソーシャルメディアのタイムラインにバンバン上がってしまうと、ニュースでまとめて見る必要自体がなくなってしまいます。

米国では、テレビ局の放映権はブラックアウトルールによって守られていますから、OTTサービスより優先されるわけですが(テレビ中継とネット配信が重複する試合では、ネット配信が遮断される)、試合中継以外の周辺コンテンツをネットを交えて上手く使っていかないと、テレビだけでは先細りになってしまいます。

先月、Bリーグのスタッフと一緒にアトランタのTurner Sportsに行ってきたのですが(Turner SportsはNBAとJVでNBAのデジタルコンテンツ制作を行っている)、TSのCOOも「TNTではNBAの試合を週に2試合オンエアしているが、それだけでは賞味4時間のタッチポイントしか作れない」として、テレビの会社だというのにテレビの限界に触れた上で、テレビにトラフィックを戻す仕掛けとして他のメディアをポートフォリオとして持っておくことの重要性を指摘していました。

まあ、ESPNもテレビだけで見たら契約者数は減少していますし、これからも歯止めがかかることはないでしょう。しかし、親会社のDisneyはMLBAMから分社化したBAM Techに10億ドル出資するなど、OTTでのサービス拡充を視野に抜け目なく動いています。テレビとしてのメディアは縮小するでしょうが、それをどう補っていくのかが気になりますね。

大学スポーツのあるべき姿とは?

日本では政府肝いりで大学スポーツのビジネス化が推進されています。日本が参考にしているのが米国のNCAAですが、実は今このNCAAのビジネスモデルが大きな過渡期を迎えています。

このブログや日経ビジネスのコラムでも何度か触れていますが、昨年はオバンノン訴訟が結審し(最高裁が不審理を決定)、NCAAのアマチュア規定(学生の本文は勉学であり、それ故プレーの対価としての報酬の支払いを禁じる規定)が司法審査により違法であることが確定した年になりました。また、つい先日NLRBの法務顧問が私立大学フットボール部の学生選手の労働者性を認める文書を公表し、大学スポーツ界に波紋が広がっています。

現在、米国の大学スポーツでは学生にプレーの対価を支払うことが前提となるモデルへの転換が求められています。今後は、「学生に報酬を支払ってまで大学がスポーツをやる意味(教育的価値)が本当にあるのか?」という点が問われていくことになるはずです。

それに関して、最近面白い動きがありました。今年スーパーボウル進出を決めたニューイングランド・ペイトリオッツのエースQB=トム・ブレイディ選手の代理人としても知られるDon Yee氏が、2018年から大学スポーツと競合するプロリーグ=Pacific Pro Footballを設立すると発表したのです。

新リーグは18歳から22歳までの若手選手を対象にした育成リーグで、とりあえずCA州に4チームを設立して年6試合の公式戦を行う構想のようです。各チームのロースターは50名で、MLSのようにシングルエンティティで選手はリーグと契約を結び、各チームにアサインされるようです(つまり、ドラフトはない)。プロリーグですから、もちろん報酬もあり、平均年俸は5万ドル程度になるとのこと。試合会場は、CA州の大学施設を借りる予定だそうです。

リーグの位置づけとしては、大学でプレーできなかった選手がNFLに挑戦するための登竜門になるレベルを想定しているとのことです。まあ、いきなりNCAAにガチンコで競合するのは難しでしょうが、長期的に見た場合、非常に面白いValue Propositionだと思います。

というのは、現在米国の大学スポーツで儲かっているのはフットボールと男子バスケだけですが、これはプロ側に年齢制限があって(NFLでは高卒後2年、NBAは1年経たないとプロ入りできない)、高卒で即プロに行くことができないためです。そのため、トップ選手の中には本当は行きたくもないのに仕方なく大学でプレーして、年齢制限をクリアしたら大学を中退してプロ入りする選手が少なくありません。

当然大学側もこの不健全な状況を面白くは思っておらず、「勉強する気のない学生は大学に来てもらわなくてもいい」「こうした不健全な状況を生み出しているのはプロ側が設置した年齢制限が原因」という立場を取っています。実際は、年齢制限があるから大学スポーツの利権が守られていると見ることもできるわけですが、教育機関としては建前であってもこう言うしかないわけですよね。

そこにできたのがPacProです。すぐに大学スポーツと比肩するレベルで設備やコーチングスタッフなどを揃えるのは難しいでしょうが、仮にNCAAと同等レベルに成長してきた場合、高校トップ選手の中には、報酬が限定され、やる気もない勉強を強いられる大学に行かずにPacProを選ぶようになる選手も出てくるでしょう。

前述したように、PacProは平均5万ドルの報酬を考えているようです。現在NCAAで受け取ることができる奨学金などの対価は5000ドル前後と言われていますから、金銭的リターンを考えるだけなら、PacProの方が断然いいわけです。もちろん、アマチュア規定が違法となった今、学生への報酬が支払われる方向に向かうのですが、そうはいってもいきなり数万ドル単位で報酬が跳ね上がるとも思えません。

このような選択肢ができると、学生選手のスタンスは二分化していくかもしれません。本気でプロを目指すトップアマは、大学に行かずにPacPro経由でNFLを目指すようになるでしょう。それより下のレベル(プロになれるか微妙なレベル)の選手は、学位も取って将来に備えたいと思うでしょうから大学に行くでしょう。そして、大学が教育機関としての使命にこだわるのであれば、これが健全な姿です。

もしこの動きが本格化してくると、NCAAのプレーレベルは下がり、育成プロリーグに有望な人材が集まり、現在のNCAAのポジションに取って代わるようになるかもしれません。こうなると、大学機関の中でもNCAAを離脱してセミプロ化しPacProに乗り入れる大学(特にパワー5カンファレンス)と、文武両道にこだわるものに分かれて行くかもしれません。まあ、10年20年というスパンの話ですが、今このマーケットがぽっかり空いているのです。

この問題の本質は、スポーツがビジネス化すると勝利至上主義に陥りやすくなる。そして、勝利至上主義と教育には利害相反が起こりやすいということです。「勝てばいい」という組織文化が行き過ぎると、リクルーティング活動に売春婦をあてがったり、学術不正が行われたり、金品が密かに贈られたるなどの教育的価値と相反する不祥事が横行するようになります(今のNCAAがまさにこれです)。また、経営不振に陥った大学が不人気競技の運動部を廃止するという話もNCAAでは珍しくありません。

米国から学ぶことがあるとすれば、大学スポーツのビジネス化を目指す日本の教育機関は「学生選手に報酬を支払う用意があるのか?」という問いにいつか答えなければならなくなる日が来るかもしれないということです。米国のように学生から訴訟を起こされる可能性も否定できません。そして、ビジネスと教育のジレンマの中で、教育機関としての存在意義をどう保つのかが問われることになるでしょう。ビジネス化に成功して大きなお金が動くようになれば、この議論は避けて通れません。

今年のキーワードは「超えて繋ぐ」

明けましておめでとうございます。

いつもはセントラルパークでジョギングして年を越すのが恒例だったのですが、昨年夏にNY郊外に引っ越したので、今年は自宅でのんびり年を越しました。やはり住むところを変えるとライフスタイルも変化を余儀なくされるので、良いものだと思いました(これについては、別のポストで書いてみようと思います)。

さて、2017年は日本のスポーツ界にとってどんな年になるのでしょうか? 個人的には「超えて繋ぐ(つなぐ)」がキーワードになるのではないかと思っています。

スポーツは日本を再興するか?」でも書きましたが、昨年の日本スポーツ界の大きな動きの1つとして、政府が日本再興戦略の柱として「スポーツの成長産業化」を10の官民戦略プロジェクトの1つとして掲げたことが挙げらるのではないかと思います。スポーツが産業として認められるだけではなく、成長産業として期待されているというのは、とても画期的なことです。

政府は現状5.5兆円のスポーツ産業を2020年までに10兆円、2025年までに15兆円にするという意欲的な試算をしています。スポーツ庁の審議会の1つ、スポーツ未来開拓会議は昨年6月に提示した中間報告の中で、その内訳(中間報告P9。該当する表を以下に抜粋)を公表しています。

これは昨年末に開催したSBAのYear-End Partyで荒木さんと行ったディスカッションのテーマにもなりましたが、率直に言って数字だけ見るとなかなか達成するまでの道筋が見えない、やや唐突感のあるものになっています。例えば、スポーツ産業の中核とも言うべきプロスポーツに関しては、現状3000億の市場を5年後に7000億、10年後に1兆1000億円にするという試算になっています。

プロスポーツでは、プロ野球が約1500〜1800億、Jリーグが約1000億というところが現状だと思いますが、この数値はここ20年ほとんど変わっていないものです。それをあと5年単位で倍々ゲームで進めていくというのは、ちょっとまだイメージが沸きません。

恐らく、成長のシナリオまで考えて作られた数字ではないのではないかと思います。プロスポーツの中心にいる人たちでこの数字を知っている人はあまりいないと思います。

政府はスポーツ産業の成長の柱として、スマートベニュー構想や大学スポーツの事業化などを掲げていますが、共通して見られるのは、最大の当事者との連携があまり取れていない「中空構造」とも言うべき状態で、とにかく数字を作ることを目的に「外の人」が見切り発車的に進めてしまっている感が否めません。まあ、政治とはそういうものだと言われれば、そうなのかもしれませんが。

僕が知っている範囲でですが、スマートベニュー構想にしても(政治案件は除いて)民間事業でこの考えを採用しているプロジェクトはまだあまり聞いたことがないですし、大学スポーツの事業化にしても、肝心の大学当事者から事業化に舵を切りたいという話があまり聞こえてきません。それでも5年後にはJリーグの同程度の1000億円の市場を目指すことになっています。少なくとも、今からすぐにでも100くらいの大学が事業化に舵を切って行かないと間に合わない数字です。

とはいえ、政府が音頭を取ってスポーツを成長産業化しようと掛け声をかけてくれるのは千載一遇のチャンスですから、この流れをスポーツや大学の「中の人」ももっとうまく使って行った方が良いですよね。今後は、この中心と周辺の断絶を超えて繋げていくことで成長シナリオを現実に即して精緻化していくことが必要になっていくと思います。

また、スポーツビジネスのガバナンスという意味では、実は日本は非常にユニークな国なんです。例えば、アメリカにいれば戦力均衡を是とした「閉鎖型」のモデルしか基本的に存在しませんし、ヨーロッパなら対照的に自由競争による優勝劣敗を是とした「開放型」モデルがサッカーなどで主流です。

ところが、日本は「閉鎖型」のプロ野球と「開放型」のJリーグが2大プロリーグとして併存し、しかも両者のハイブリッドを志向するBリーグが昨年設立されました。様々なガバナンスモデルが混在している国というのは珍しいと思います。しかし、一方で日本は競技の壁が厚く、プロ野球は野球出身者が、Jリーグがサッカー出身者が固まり、現状のビジネスモデルがドグマ化し易いという負の特徴も併せ持っています。

今後は競技の壁を超え、野球の常識をサッカー出身者が疑ったり、その逆もあったりする中で最適な経営手法が志向されるようなダイナミックな意思決定ができれば、今までになかった成長シナリオを描くことができるかもしれません。そのような、競技を超えて繋ぐ人材が必要になっていくと思います。

また、2017年は日本でもスポーツ組織が社会課題の解決者としての可能性に気づき、その自覚のもとで協賛活動の枠組みの中でソーシャルイシューを解決していく「ソーシャルスポンサーシップ」元年になるのではないかという予感がします。スポーツが持つ「ボンド」(ステークホルダーを巻き込む)機能と「アンプ」(影響力を拡散する)機能を用いることで、従来までソーシャルセクターだけでは資金的・規模的に限界があった活動にイノベーションをもたらすことが期待されています。

年末のポストでも書きましたが、米国では約10年前にスポーツ組織がそのValue Propositionを大きく変え、社会課題解決ツールとしての役割を自覚し行動してきた結果、今や社会的にその効果が認知されるまでになりました。日本も、「スポーツ」「ソーシャルセクター」「企業」の3つの領域を超えて繋げるプロデューサーが必要な時代に突入していくのではないかと思っています。

ということで、2017年はどんどん超えて、繋げて行きましょう!

2016年の米国スポーツ界を振り返って

日本から14時間遅い米国東海岸はまだ大晦日です。今年も最後のポストで一年を振り返り、独断と偏見で米国スポーツ界のトレンド・重大ニュースを整理してみようと思います。

■スポーツ賭博合法化の流れ

2016年はDFS問題で明けた年でした。ニューヨーク州を筆頭に多くの州政府がDFSは賭博であり、法律違反とする立場を取り、これに反対するDFS事業者と訴訟になりました。結局、州政府も財源が欲しいのが本音なので、最終的には和解して一定の規制やライセンス料を州に支払うなどの内容でDFSが合法化される形に落ち着きました。Draft KingsとFanDuelは合併しますね。

これと並行してNJ州が制定したスポーツ賭博合法化法案に反対する4大スポーツ+NCAAが訴訟を起こしており、これが最高裁で審理されるかどうかという状況になっています(控訴審まではNJ州が敗訴)。ただ、この訴訟が起こされた時から状況が変わってきているのは特筆すべき点でしょう。

まず、原告の4大スポーツのうち、NBAとMLBはスポーツ賭博容認に傾きつつあります。八百長を防ぐという意味で、スポーツは賭博のメッカ、ラスベガスから距離を置いてきましたが、NHLがエクスパンションで新チームをラスベガスに誕生させましたし、NFLでもオークランド・レイダーズがベガス移転を狙って動いています。さらに、実はトランプ大統領の誕生がスポーツ賭博の容認に影響を与えるかもしれません。

米国ではスポーツ賭博は、マリファナと同じような状況に置かれており、連邦法のレベルでは厳密には違法なのですが、州政府が独自に合法化法案を制定している状況です。スポーツ賭博に関しては、連邦法のPASPAがネバダ州など一部の州を除き禁じているにもかかわらず、NJ州などはこれを無視して合法化法案を進めているんですね。

で、トランプさんはご存知のようにアトランティック・シティにカジノを持っていたほどの賭博推進派です。大統領は司法長官の任命権を持っていますから、スポーツ賭博容認派の人事を行えば、事実上、州の動きを黙認させることは可能なんです。

■NCAAのオバンノン訴訟が結審

大学スポーツにも大きな動きがありました。2009年に提起されたこの訴訟では、学生アスリートへの報酬の支払いを禁じたアマチュア規定の合法性が争われましたが、第一審、控訴審ともにアマチュア規定は反トラスト法(日本の独禁法に相当)違反との判決が下されていました。原告被告ともに上告していたのですが、結果は意外にも最高裁が審理を受け付けないというもので、控訴審判決が確定しました。

大学スポーツは、スポーツビジネスにおける最大のコスト要因である選手報酬を極小化することでステークホルダーに巨額の富を分配することが可能になっていたわけですが、今後はそのビジネスモデルの転換が迫られることになるでしょう。

実際、この訴訟に並行して制限的な現行の奨学金規定やトランスファー規定に対して現・元学生アスリートにより訴訟が続々と起こされています。Big Eastは学生選手によるエンドースメント契約解禁を検討しており、来年以降も様々な領域から変化が起こるのは必至です。大学スポーツのビジネス化を志向している日本にも無縁ではない話です。

■スポーツの社会課題解決ツールとしての認知

昨日も書きましたが、今年はスポーツ組織や選手が社会問題に対して積極的にアクションを起こした年になりました。

反LGBT法案を可決したノースカロライナ州に対して、当地でオールスターゲーム開催を予定していたNBAが開催地を変更しました。サンフランシスコ49ersのキャパニック選手は、国家斉唱時に起立を拒否することでスポーツ選手が社会問題に対してフィールド上で意思表示を行うという前代未聞の行動を起こし、しかも多くの支持者を得ることになりました。トランプが大統領に決まった際は、NBA数球団が遠征先での宿泊先からトランプホテルを外すことを表明しました(大統領の存在が社会問題になるのは情けないですが)。

挙げるときりがないですが、こうしたスポーツ組織や選手の判断・行動が注目を浴び、しかも多くの市民から共感を得ています。これは、裏を返せば、スポーツが社会課題を解決するための存在であることが社会的に認知されてきていることの証と言えるかもしれません。

米国スポーツ界では、2005年にNBAが社会課題の解決も自身のビジネスの柱として位置付けることを宣言し、スポーツ組織のValue Propositionにイノベーションを起こしました。あれから10余年。今や、米国ではスポーツ組織はスポーツをすることだけがビジネスではないという「スポーツCSV」の流れが定着しています。

先日締結されたMLBの新労使協定には、「反DV」「反いじめ」などの文言が明記されています。新人選手への女装禁止などが通達されたのも、同じ流れの話です。この流れは早晩日本にも訪れるでしょう。2017年は日本で「ソーシャルスポンサーシップ」の元年になるかもしれません。

■メディア収入に支えられた労使協調

この12月にMLBとNBAが相次いで新労使協定を締結しました。一部でロックアウトになるのではとも囁かれていたのですが、杞憂に終わりましたね。双方ともに交渉が決裂しなかった一番の要因は、両リーグともに右肩上がりの成長を続けているためです。パイが広がっているので、細かい点で喧嘩しなくても良いのです。

MLB新協定の変更点(Slugger3月号に寄稿予定)を細かく見てみると、ぜいたく税や収益分配制度といった球団の資金管理の点や、国際・国内FA選手獲得といった選手の流動性管理の点双方から戦力均衡を強化する方向で制度設計の変更が加えられています。選手の立場からは、短期的には年俸抑制的に働く変更にも見えますが、長期的にリーグが最も成長するシナリオを選択したように感じます。

さて、欧米プロスポーツリーグの堅調な成長を支えているのは、好調なテレビ放映権収入です。MLBは2014年から更新されたテレビ放映権契約(8年契約)で権利料が倍になっています。NBAに至っては、今年からキックインした新契約(9年契約)の権利料は約3倍になっています。しかし、永遠にこの世の春が続くわけではありません。今年に入り、ちょっと暗雲が見え隠れしてきています。

例えば、ケーブルテレビの雄、ESPNが購読者数を減らし続けています。ESPNは2016年11月だけで購読者を62万人以上失ったと報じられ、業界に激震が走りました。ESPNは今でも約8900万世帯へのリーチを持ちますが、ここ3年で購読者数を1000万人以上減らしています。

僕自身、ニュースやちょっとしたハイライトならソーシャルメディアで事足りてしまうので、ESPNの看板ニュース番組「Sports Center」も今ではほとんど観なくなりました。時代の流れなんでしょう。

そういえば、昨日書き忘れたのですが、SBJの読者アンケートで面白い設問がありました。

Q:今有料テレビ(ケーブル・衛星)に加入しているか?

・はい(90%)・いいえ(10%)

Q:今OTT(Netflix、Hulu、Amazon Primeなど)に加入しているか?

・はい(88%)・いいえ(12%)

Q:今後7年以内にTwitterやAmazonなどのテクノロジー企業が4大メジャースポーツの独占放映権を獲得すると思うか?

・思う(65%)・思わない(35%)

ここから分かるのは、コードカッティングとは文字通り有料テレビを解約してOTTに鞍替えするわけではなく、今は両方を購読しながらOTTオンリーにする時期を見極めているというのが今起こっていることだということ。そして、次の放映権契約更新のタイミングでOTT事業者へのシフトが起こると考えている人(経営者)が過半数もいるということです。

■テクノロジーを自ら育成する時代に突入

昨年ドジャースがスポーツに特化したベンチャーを支援するアクセラレーターを米スポーツ界で初めて設立してニュースになりましたが、今年は様々な領域から似たような動きが加速しています。コービー・ブライアントやビック・パピーなど引退したスター選手がスポーツ界を成長させる技術を持つベンチャー企業に投資するファンドを立ち上げましたし、NFL選手会もちょうど今月スポーツビジネスに特化したアクセラレーター「OneTeam Collective」を設立しました。

米国では、スポーツ界がテクノロジーを自ら投資・育成する時代に突入しています。

■eSports

前の流れにも重なりますが、メジャー球団などがeSportsの買収に走っていますね。テレビ局もeSportsをコンテンツとして高く評価しており、設備投資を行っています。今年春にTNTにNBAのデジタルメディア部門の視察に行った際(NBAはTNTとJV作ってデジタルコンテンツを制作している)、既にeSports専用のスタジオを作っていました。動き早いです。

さあ、2017年はどんな年になるんでしょう。皆さん、良いお年を!

米国スポーツビジネス界のマネジメントはこう見る(2016年)

昨年に引き続き、SBJ恒例の年末読者アンケートから独断と偏見で面白いQ&Aを拾ってみました。

 

■スポーツビジネス界で今年一番のストーリーは何?

1. レブロン・ジェームスがクリーブランドに優勝をもたらした(32%)

2. 選手が国家斉唱時に起立拒否することで社会問題にスポットライトを当てた(29%)

3. NBAがユニフォームへの広告掲出を許可(24%)

4. ラムズがLAに戻る(22%)

5. リオ五輪が大きなトラブルなく終了(20%)

6. スポーツ中継の視聴率が伸び悩む(20%)

 

⇒これはちょっと意外でした。もう少しDFSの合法化やNCAAのオバンノン訴訟の話題などが入ってくるかと思いましたが。やはりレブロンのスポーツ選手としての人気は突出したものがありますね。スポーツ組織が社会課題に対してポジションを明確に取って意思表示するようになってきたのは、以下の別の質問にもありますが、大きな流れですね。

 

■もっともイケてる(Hottest)スポーツ組織は?

1. NBA(65%)

2. NFL(44%)

3. NCAA(32%)

 

⇒昨年と1位と2位が入れ替わる結果になりました。次の質問にも関係しますが、NFLは迷走しているという印象をファンに与えているようですね。NFLが横綱だとすれば、NBAはエッジの効いた大関という感じでしょうか。NFLは「保守」、NBAは「革新」というのが業界人の思い浮かべるブランドイメージでしょう。

 

■誤った方向に進んでいるスポーツ組織は?

1. NFL(53%)

2. NASCAR(33%)

3. WWE(19%)

 

⇒NFLが苦戦しているのはやはり脳震とう対策でしょうね。簡単な問題ではないですが、どうしても競技の迫力が損なわれる方向に話が進み、選手やファンから総スカンを食らっています。これは後から歴史が評価するしかなさそうです。空気減圧疑惑やDV問題へのコミッショナーの振る舞いも上から目線でファンからは不評を買っていました。

 

■最も指導力のあるコミッショナーは?

1. アダム・シルバー(64%)

2. ロブ・マンフレッド(12%)

 

⇒この設問は毎年NBAコミッショナーが強いですが、今年もダントツでした。革新的な試みを行うのは大体NBAですね。今年もユニフォームに広告を入れてみたり、スポーツ賭博容認の論陣を張ったり、オールスター開催地を変更してみたり(後述)と、イノベーションを起こしています。今年発足した日本のB.LEAGUEもNBAに倣って「BREAK THE BORDER」というスローガンを掲げています。

 

■スポーツ選手は社会問題に対してフィールド上で意思表示すべきか?

・すべき(61%)

・すべきでない(39%)

 

⇒少し前まではスポーツ選手には政治的中立(Political Correct)な振る舞いが求められていましたが、ここ数年でスポーツ組織のValue Propositionが大きく変化し、社会課題を解決するツールとしての自覚を持ち始めてきたため、スポーツ選手に求められるものも変化してきました。

 

■スポーツ選手が社会課題にアクションを起こすことは有効か?

・有効だと思う(49%)

・影響なし(27%)

・逆効果だと思う(24%)

 

⇒前の設問に次いで、やはり社会やファンもこれを肯定的にとらえていることが分かります。スポーツ組織による社会課題解決機能は効果的だと認知されているということですね。

 

■NBAがオールスターゲームをノースカロライナ州から変更した判断をどう思うか?

・正しい判断だったと思う(75%)

・間違った判断だったと思う(15%)

・何とも言えない(10%)

 

⇒これも圧倒的多数で支持されていますね。NC州は通称「反LGBT法案」といって誕生時の性別のトイレしか使ってはいけないという法案を可決しました。今、Inclusiveな対応が求められるスポーツ界では、トランスジェンダーの選手にも配慮した環境整備が求められています。こうした流れに逆行したNC州に対してNBAはいち早く行動を起こしたわけです。

 

今年は特にスポーツの社会課題解決力にフォーカスした設問が新たに設けられていましたが、業界として大きなトレンドとして認知されてきたということでしょうか。この動き自体はNBAが約10年前から仕掛けたものですが、社会的に認知され、受け入れられるのに10年かかったということでしょうか。この流れは近々日本にも入ってくるでしょうね。

 

他にも面白いQ&Aが目白押しです。興味ある人はSBJを購読しましょう。

 

 

 

 

 

 

チケット再販市場を閉ざそうとする?日本と、市場効率性を高めようとする米国

チケット再販のコラムを先日日経ビジネスに書いたばかりですが、この分野で面白い動きがありました。ヤフーとエイベックス・ライヴ・クリエイティヴが主催者公認の譲渡(定価での再販)サービスを年明けから開始するとのこと。

まず思ったのは、この動きは音楽業界に根回しが済んでいて共同歩調を目指したものなのか、あるいは逆に業界をディスラプトして一石を投じようとする動きなのか、当面は様子を見ながらどちらにも舵を切れるようにその間を行くのかというものです(誰か詳しい人がいたら教えて下さい)。ご存知のように、音楽業界は今年8月にチケットの高額転売反対の意見表明をしています。

現在の日本の音楽業界のチケット再販に対するスタンスは、一方でチケット購入者の変更や払い戻しといった救済手段を提供しないまま、転売も禁止しようとするもので、消費者保護の観点からバランスが悪く問題があると言わざるを得ません。そのため、ヤフーとalcの動きが、業界に救済手段を提供するツールとして広まるのであれば、方向性としては転売禁止の方向に進む可能性が高いと考えられます(今、業界は転売に反対しているだけで、USJのような禁止措置はまだとっていない)。このシナリオは処分市場を念頭に置いたものですね。

日経ビジネスのコラムでも書きましたが、チケット再販市場は「処分」(行けなくなった場合の在庫処理)と「営利」(鞘抜きするための転売)の2つのマーケットに大別されます。もちろん、ボリュームで言えば後者の方が圧倒的に大きいわけで、転売を事業として行うならこちらの方が収益性は高いのです。報道では、将来的には譲渡価格が変更できる機能も盛り込んでいくということで、その場合は営利市場にも進んで行くシナリオなのでしょう。

まあ、音楽業界としても、今後の再販市場へのアプローチをまだ決めかねているのかもしれません。再販を禁止するには、確実な本人認証を行う仕組みが不可欠ですし、そもそも転売禁止措置が合法なのかという疑問も残ります。再販業者から独禁法違反の訴訟を起こされるリスクもあるわけで、再販禁止という方針を確実に運用し、それが受け入れられるにはまだ不確定要素が多い状況です。とはいえ、当面は再販禁止の方向に舵を切るのでしょう。

日本のスポーツ界はまだチケット再販に対するスタンスを明らかにしておらず、事実上これを黙認している状況です。再販禁止に向かいつつある音楽業界を参考に、これからどのようなかじ取りをしていくべきでしょうか。

スポーツ業界は商品の反復性が高く、シーズン席保有者による一定の処分市場が見込めることから、音楽業界に比べればチケット再販との相性は良いと思われます。でも、再販を認めるにしても、どの程度まで認めるべきなのか、認められるのか。米国の再販市場拡大の経緯から学ぶことがあるとすれば、市場形成の初期から興行主が主導権を握って再販市場を自ら作っていくことでしょうか。米国は、再販業者に奪われてしまった市場を取り戻すのにライツホルダーが四苦八苦しています。

ちなみに、再販が既に社会的に受け入れられている米国では、最近またいろいろと動きがありました。

まず、先月NFLが再販サイトで設定している最低価格(Price Floor)の一部撤廃を決めました。これも日経ビジネスで書きましたが、再販業者には、ライツホルダー側につく(興行主の価格政策を保護する)業者と、マーケット側につく(販売価格が完全に売り手と買い手の需給バランスで決まる)業者の2タイプあり、NFLは前者のTicketmasterと公式契約を結んでいます。TicketmasterはNFLの求めに応じて、一定金額以下でチケットを再販できない様にシステム上制約を設けています。

これは、球団にとって優良顧客であるシーズンチケット保有者の利益を保護するためのものなのですが(シーズン席を上回る割引率でチケットが再販されると、球団からシーズン席を買うインセンティブがなくなる)、こうした規制が反トラスト法(独禁法)違反であるとして州から訴えられていました。フロリダ州・マサチューセッツ州・ニューヨーク州・オハイオ州・ペンシルバニア州・コロンビア自治区の6つの州・自治区の司法長官がNFLを訴えており、NFLが和解に応じたのです。

こうした動きは、より自由で制約のないチケット再販への流れを強めるものです。

また、NFLとは対照的にマーケット側につくStubHubと公式契約を結んでいるMLBですが、球団の中にはこの契約を離脱して独自の再販サイトを設けている球団も今年から生まれています。その1つがレッドソックスで、今年から「Red Sox Replay」と呼ばれる自社再販サイトの運用を開始しました(実は、このサイトのバックエンドはMLBAMが制作しており、水面下でStubHubとBAMの戦いが行われているという面白い状況なのです)。

まあ、遅かれ早かれMLBもStubHubとの契約をやめて再販市場の内製化フェーズに入って行くでしょうから、「Red Sox Replay」はその試金石と言えるかもしれません。

報道によれば、今シーズンレッドソックスは合計8万5000枚のチケットを「Red Sox Replay」で再販したそうです。1試合平均で1000枚ちょっとの計算ですね。基本的には、シーズンチケット保有者の処分市場を第一ターゲットに顧客満足度に配慮したたてつけになっています。

レッドソックスは、ある経営上の戦略に基づいてシーズン席数を球場のキャパシティの6割を上限としており、約2万2000席がシーズン席保有者です。つまり、少なくとも毎試合約5%のシーズン席保有者がNo Show(チケットは買っているが試合を観に来ない)だったということになります(実際は、RSR以外の再販サイトを使っている人もいるだろうし、再販していない人もいるだろうから、この比率はもっと高いことが予想される)。

No Showはシーズン席の更新率と相関関係が高いため(No Show率が高まるほど更新率が下がる)、観に行けなかったチケットを適切に処分する選択肢を顧客に提供していくことは顧客育成上とても重要なのです。

ちなみに、「Red Sox Replay」では、売り手から手数料として販売価格の5%(StubHubなどは10%なので、それに比べると安い)を取るのですが、シーズンチケット契約を更新すると手数料がリベートとして戻ってくるという仕組みにしており、これを更新のインセンティブにうまく活用しているようです。

このように、米国のスポーツ界は市場効率性を高め、市場の内製化を進めており、チケット再販市場を開けまいとする日本とは対照的な動きになっています。

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