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2020年東京五輪という「引力」を上手く使おう

2020年の東京オリンピックが決定して、大きな変化の胎動が感じられる領域の1つが企業協賛です。日本人はもとより、世界中から大きな注目を集めるオリンピックを何とか上手く企業活動に活用したいと考えるのは、経営者としては当然の思考なのかもしれません。東京開催が決定した直後、広告代理店の電話が鳴りやまなかったそうです。

こうした潮流もあって、大手広告代理店の中でもスポーツに対する見方が変わってきているようです。その象徴的な出来事が、電通さんが「スポリューション(SPOLUTION)」というユニットを立ち上げたことでしょう。

従来まで、日本ではスポーツを活用したスポンサーシップ(協賛活動)はスタジアムでの看板広告などの露出が中心でした。しかし、以前「最も価値のないスポンサーシップ資産」でもご紹介したように、米国では看板広告が最も価値のないスポンサーシップ資産だと考えられており、「露出+α」の部分でどう付加価値を提供するかがスポンサーシップの主戦場になってきています。

イメージにするとこんな感じです。


日本では露出ありきの「メディア・ドリブン」で、その露出機会の多寡で松竹梅のランクがつく「パッケージ」型の販売がスポンサーシップの基本的な営業スキームです。

米国も以前はこうでしたが、ここ10年来はクライアントが抱える経営課題(イシュー)は何かを把握し、どのようなスポンサーシップ資産を活用すればそれを解決できるかを考えるという「イシュー・ドリブン」でスキームを組む形が当たり前になってきました。ですから、予め用意されたパッケージはなく、カスタムメイドの「アラカルト」方式が主流になってきています。

電通さんの「スポリューション」は「スポーツ」+「ソリューション」を合せた造語です。まさに、イシュードリブンで協賛活動を捉え、スポーツをクライアントの課題解決のためのツールとして使って行こうという発想の転換です。

このスポリューションのローンチに合わせたセミナーが先月開催され、実は僕もそこにご招待頂いて前述したような米国でのスポンサーシップの動向や成功事例についてご紹介させて頂きました。当日は、平日の午後だったにも関わらず、500名前後の同社のクライアントや関係者の方々が参加され、熱心にセミナーの内容を聞き入られていました。

僕も、スポリューションチームの方々による各種セッションや、電通のクリエイターの方による事例紹介などを興味深く拝見させて頂きました。その中でも、度肝を抜かれたのが、クリエイティブ・テクノロジストの菅野薫さんがご紹介された「Sound of HONDA」(SOH)というプロジェクトです。

SOHの中にもいくつもサブプロジェクトがるのですが、「アイルトン・セナ 1989」(Ayrton Senna 1989)というプロジェクトが実に面白いのです。これは、マクラーレン・ホンダに所属していたセナの、世界最速ラップを樹立した1989年の走行データから24年前の「音速の貴公子」の走りを甦らせるという前代未聞の取り組みです。

走行データといっても、今のようにデジタル機器はなかったわけで、たった1枚の紙切れだったそうです。それを、「アクセルの踏込み」「ギア」「エンジン回転数」「速度」などどいったデータを一つ一つデジタライズし、最終的にセナの走りを音と光で再現するのです。

約5.8kmの鈴鹿サーキットにスピーカーとLEDライトと一定間隔で敷き詰め、車体はライトで、エンジン音はスピーカーからシンクロさせて再生し、1分38秒041の世界最速ラップを再現するのです。これ、レースファンじゃなくても感動します。泣けます。僕は泣きました。

■Ayrton Senna 1989

■Making of Ayrton Senna 1989

で、これがスポーツにどうつながるかという話なんですが、僕なりの空想ではあるのですが、例えば2011年の女子ワールドカップ決勝で宿敵アメリカを相手に澤選手が決めた奇跡の同点ゴールといったスポーツの決定的シーンを再現するのです。

今では選手のトラッキング技術が大きく進歩していますから、選手の動きはかなり正確に再現できるはずです。観客の歓声や選手の肉声なども、ワイヤレスマイクなどで事前に録音しておけば、「Sound of Memorable Sport Moment: 澤穂希 2011」のような取り組みが将来的に可能になるのではないでしょうか。

ファン感謝祭でファンをホームスタジアムに招き、オーロラビジョンで今シーズンの選手の活躍を映像ではなく、音と光で楽しむ、といった新しいスポーツの楽しみ方が加わるかもしれません。

2010年の男子ワールドカップ南ア大会の初戦(カメルーン戦)で本田圭祐選手が先制ゴールを決めた時、ゴール裏にどの企業が広告を出していたか覚えていますか?普通、覚えてないですよね。でも、「アイルトン・セナ 1989」を見て、「やっぱホンダって会社はすげーな」って思いましたよね。

2020年の東京オリンピック開催という「引力」を上手く使って、スポーツの各ステークホルダーへの満足度がより高まり、結果としてスポーツの価値もより高まるような新たな試みがどんどん生まれて来ると嬉しいですね。

東京五輪でも米NBCは再び暴挙に出るのか?

先日のブログでも書きましたが、日経ビジネスに東京オリンピック決定のニュースが米国でどのように報じられたかや、開催までの7年間で注目すべきポイントなどについて整理してみました。

IOCとUSOCの関係は、北京オリンピックの時とは変化していますので、NBCが当時のような常軌を逸した行動に出る可能性は低くなっているとは思いますが、引き続き両者の駆け引きを注視して行く必要はあると思います。

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■東京五輪でも米NBCは再び暴挙に出るのか?
 〜IOCとステークホルダーたちが繰り広げる“駆け引き”の行方に注目

 本来、今回のコラムでは前回に続きエネルギー飲料「レッドブル」の非常識マーケティングに関して、その後編を書く予定でした。しかし、東京が2020年のオリンピック開催地に決まったことを受け、イレギュラーですが、米国における東京オリンピック決定報道の伝えられ方や、今後の課題などについて解説してみようと思います。   

 個人的には、久しぶりに日本に明るい話題がもたらされたという感じで、米国に居ながらもメディアから伝わる日本の世相がパッと明るくなったような印象を受けました。この場を借りて、大会招致に尽力された皆様の努力に敬意を払うと同時に、東京五輪が停滞した日本社会に再び活気をもたらすきっかけになることを期待したいと思います。   

 さて、このように日本人としては非常にうれしいニュースだったわけですが、スポーツ大国アメリカでこのニュースはどのように報じられたのでしょうか?   

 ブエノスアイレスでの国際オリンピック委員会(IOC)総会で最終投票結果が発表され、晴れて日本が2020年の五輪開催地に決定したのは、日本時間で9月9日(月)の午前5時頃でした。  

 米国での報じられ方ですが、結論から先に言ってしまうと、残念ながら東京オリンピック決定のニュースは通常の米国内のスポーツ報道にかき消され、事実関係のみが淡々と伝えられたという感じでした。一般の米国民の間では、気にも留められずほとんどスルーされている雰囲気でしょうか。「あ、何かそういえばそんなニュースを聞いたかもしれない」というレベルです。   

 メディアによる報道では、特にテレビでは、サラッと事実だけ流されて終わるというケースが多く、後日活字メディアが多少解説入りで報じるというパターンが多かった印象を私は持っています。   

 活字メディアでは、「有力候補都市のいない中で最も無難な選択」というストーリーラインが多く、「トルコ国境付近のシリア紛争や反政府運動の心配があるイスタンブール、経済的不況や失業率の上昇が顕著なマドリードと比べ、東京はIOCが最も安心できる都市」という論評が多かったようです。   

 日本でのお祭り騒ぎとは対照的に、スポーツ大国アメリカで東京五輪決定のニュースが大きく取り上げられなかったことを意外に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、その原因は大きく2つ指摘することができます。

(続きはこちら
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東京五輪開催決定報道に触れて

いやー、やりましたね!

この場を借りて、東京五輪招致に関わった皆様の努力に敬意を払いたいと思います。久しぶりの明るいニュースという感じがします。米国に居ながらも、メディアの報道やFacebook、ツイッターなどから伝わってくる情報を通して、日本の世相がパッと明るくなった印象を受けました。

詳しくは、近々アップされる日経ビジネスのコラムで書いているのですが、残念ながら米国ではこのニュースはあまり大きくは報じられてなかったんですよね。まあ、そもそもUSOCが2020年の立候補を受け付けていなかったので、全国的な関心が低かったのと、IOCによる開催都市の発表がNFLの開幕戦と重なってしまったことがその主な原因でしょう。

この五輪開催を機に、日本人の幸福の定義が「モノ」から「コト」にシフトして行くのではないかと感じます。そして、それを期待したいと思っています。

日本は超成熟社会に突入し、今後は戦後の高度経済成長のような右肩上がりの時代は期待できません。従来までは、「モノ」に主眼が置かれ、より大きなものを、より高価なものを手に入れること、つまり「所有」を通して幸せを感じる社会でした。

しかし、今後予想される右肩下がりの社会で同じようなライフスタイルを続けていては、幸せを感じることはできなくなります。

そんな社会では「モノ」より「コト」、つまり「自分なりの経験」で幸せを感じる社会の到来が予測されるわけです。他人と比較して幸せを定義する時代は終わりつつあります。その中では、「他人ゴト」を「自分ゴト」にして楽しむのも1つの力として認識されるようになっていくのではないかと思います。

今回の招致でも、それを自分事にして取り組んだ人は、大きな喜びというリワードを手にしているわけです。「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損々」って言う位ですし(笑)。

2020年の東京オリンピック開催が、スポーツが日本人の幸福への価値観に新たな深みを与えるきっかけになってくれたらとても嬉しいです。

勝つのは決して体罰のおかげではない

日経ビジネスオンラインに最新記事がアップされました。

先日、Yahoo!のコラムで体罰などの不法行為撲滅を目的にしたUSOCによるSafeSportプログラムをご紹介しましたが、今回はプログラムが生まれた背景やそのアプローチについて解説してみました。

全柔連は昨日、第三者委員会の設置を決め、柔道界の組織改革を提言するとしていますが、USOCも2010年に似たような作業部会を設置して米スポーツ界の改革案を提言させました。この提言により生まれたのがSafeSportです。

全柔連の第三者委員会とUSOCの作業部会を比較すると、以下の3点に違いが見られます。

1)問題認識範囲の違い 

日本では柔道界の問題として処理されていますが、米国ではUSOCが主導し、 スポーツ界全体の問題として不法行為を捉えています。  

2)委員会の構成の違い 
全柔連の第三者委員会は5名ということですが、USOCの作業部会はその倍の 10名から構成されています。これは、1)の問題認識範囲の違いに関連するところかもしれません。  

また、第三者委員会は、弁護士(前検事総長)、サッカー協会副会長、大学 柔道部コーチ、空手家、精神科医という内訳ですが、USOC作業部会は元オリンピアン(スキーで4回五輪出場を果たした)で、USOC選手諮問委員副会長 のニーナ・ケンペルを中心に、スポーツ連盟理事2名、コーチ1名、元オリンピアン1名(ケンペルとは別)、民間企業のコンプライアンス・リスク管理の専門家3名、元FBI捜査官1名、精神科医1名となっています。  

前提となる問題の認識範囲が異なるので、一概に比較できず、人数が多いから良い、少ないから悪いとは言えません。ただ、全柔連の第三者委員会には、選手の利害を代表する立場の人や、民間からコン プライアンス・リスク管理の専門家を入れても良かったかもしれません。  

3)改革提言作成へのアプローチの違い 

第三者委員会は3回の会合で3月上旬に組織改革を提言するとされています。 約1か月で提言を作成するスケジュールですが、USOCの作業部会は5か月を かけて国内スポーツ統括組織、選手、コーチ、青少年スポーツ組織への調査を行いました。この辺りのスケジュール感や作業量も違うのではないかと思います。

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■勝つのは決して体罰のおかげではない
 〜日本と同様の体罰事件への、米国に見る真摯な対応

 柔道の女子選手15人が全日本女子代表前監督の暴力行為を告発した問題が、日本スポーツ界を揺るがす大問題に発展しています。国際柔道連盟会長から「(暴力行為は)嘉納治五郎師範が説いた精神と理念では決してない」との批判を受けるなど、日本の“お家芸”としての柔道の面目はつぶれ、品格は地に落ちた形です。   

 全日本柔道連盟(全柔連)によれば、2010年8月から12年2月までの間に、前監督による5件の暴力行為が確認されており、昨年9月下旬には同監督の暴力行為について、女子選手1人が全柔連に告発しています。今回の(2度目の)告発では、15人もの選手が日本オリンピック委員会(JOC)に直接告発していることから、選手の全柔連に対する不信感が透けて見えます。   

 それにもかかわらず、JOCは再調査を全柔連に命じました。さらに、全柔連は同監督らへの聞き取り調査の結果、告発の内容が「事実に近い」と判断しましたが、「監督が(選手への暴力を)しないと言っている。その言葉を信じている」として続投を決めました(監督は倫理推進部会で文書による戒告処分を受けた)。しかしその2日後には、監督からの進退伺いを全柔連が受理し、一転して辞任が決まります。   

 実は昨年米国でも、今回の事件と極めて似た代表チーム監督による暴力問題が起こりました。米国の冬季スポーツの“お家芸”とも言えるスピードスケート界で起こったその不祥事は、その構図が極めて今回の日本の女子柔道事件と似ています。しかし、対応は日米で全く違ったものになりました。   

 今回のコラムでは、似通った日米の代表監督による暴行事件を比較することで、日米のスポーツ界の対応の違いや、それを生み出した背景について整理・解説してみようと思います。

(続きはこちら
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代表監督による選手虐待問題に見られる日米の対応の違い

Yahoo!ニュースに最新コラムをアップしました。今回は、柔道女子代表監督による選手虐待問題について書いてみました。

実は、瓜二つの事件が昨年8月に米国でも起こっています。19名のショートトラック選手が代表監督を米スピードスケート連盟と米オリンピック委員会に選手虐待で告発したのです。

スピードスケートと言えば、米国では冬季五輪で最も多くのメダルをもたらしている、いわば“お家芸”とも言える競技です。国内の人気や位置づけは、日本の柔道にとても良く似ています。しかし、告発に対する対応は、日米で大きく異なるものでした。

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■代表監督暴力問題。日米の対応の差

 柔道女子日本代表・園田隆二監督が暴力行為などで選手15人から告発された問題が混迷を極めています。事件の経緯は大きく報道されていることと思いますので、この際省きますが、日本オリンピック委員会(JOC)が全日本柔道連盟(全柔連)に再調査を命じていることは理解に苦しみます。  

 全柔連によると、2010年8月から2012年2月までの間に、園田監督による5件の暴力行為が確認されており、昨年9月下旬には同監督の暴力行為について、女子選手1人が全柔連に告発しています。今回の(二度目の)告発では、15名もの選手がJOCに直接告発していることから、選手の全柔連に対する不信感が透けて見えます。  

 にも関わらずJOCが再調査を全柔連に命じました。これは、被告の友人に裁判官を頼むようなものです。ただでさえ、選手は「代表を外される」といったリスクを負う弱い立場にあります。こうした事案の調査は、事件に利害関係のない第三者が実施すべきでしょう。  

 ところで、実は昨年米国でも、今回の事件と極めて似た代表チーム監督による暴力問題が起こりました。今回は、それをケーススタディとして日米の対応の違いを見てみたいと思います(続きはこちら)。
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金メダルじゃなきゃダメなのか

ロンドン五輪10日目で日本のメダル獲得数が27個となり、北京五輪(25個) を抜きました。素晴らしいことだと思います。

面白いなと思うのは、メダル獲得数の報道の仕方が日米で違うこと。

日本は金メダル数でソートした順位を見せることが多いようで、金メダル数が2個と振るわない日本は20位ということになります。NHKなどでも、金メダル数から順位づけして公表しています。ひょっとすると、JOCの公式データがこのようなフォーマットになっているからかもしれません。

一方、米国では放映権を持つNBCのサイトなどでは、メダル総数から順位づけされています。実は、日本はメダル数では5位につけています。メダル常連国の中国や米国と肩を並べている様子を見るのは、もちろん悪い気はしません。


こうした報道の差はどこから生まれてくるんでしょうかね?スポーツ組織や報道機関によるガイドラインか何かがあるんでしょうか。興味深いです。

日本は金メダル至上主義が強いのかな、などとも思ってしまいます。20位と5位では受ける印象が全く違ってきますよね。

米英オリンピック委員会が業務提携

このニュースを目にした時、一瞬「本当かよ?!」と思ったのですが、米オリンピック委員会(USOC)と英オリンピック協会(BOA)が業務提携を結びました。

個人競技もしくは一発勝負のトーナメント形式に近い短期決戦のオリンピックで違う国の五輪委員会どうしが手を結ぶのは、メダルの奪い合いという構図になるのでコンフリクトが発生するのではと思ったのですが、提携内容を見てみると、「オリンピック・ムーブメント」の旗印の下で組織運営や若年層への競技普及などの分野でベストプラクティスを共有するなど、必ずしもコンフリクトが起こりやすいトップ選手の育成の部分ではなく、どちらかというと組織マネジメントや普及の面が中心のようで、こうした提携ならアリだなと思いました。

米国では、NBAやNFL、NFLなどでリーグ機構が各チームの優良事例を整理して全チームにフィードバックするというナレッジシェアの取り組みが盛んに行われていますから、本来ならIOCがこうした取り組みをすべきポジションにいるのかもしれません。オリンピック開催において、スポンサーシップ領域で各国オリンピック委員会が協賛企業へのメリット最大化のためにどのような取り組みを行っているかを共有しても、国単位でスポンサーが決まっている以上、損する人はいないはずです。

【関連情報】

雪もなく柵だらけだったバンクーバー五輪

日経ビジネスオンラインに最新記事がアップされました。今回は、先週視察に訪れたバンクーバーオリンピックでの現地の様子を、あまり深く考えすぎずに思ったままに書いてみました。

■雪もなく柵だらけだったバンクーバー五輪
 〜米国テレビ局は閉会式を“損切り”して新ドラマ放送

 2月28日を持ってバンクーバーオリンピックは閉幕し、17日間の熱い戦いに幕が下ろされました。今回のオリンピックには、冬季五輪史上最多となる82の国と地域から約2600名の選手が参加し、これまた史上最多となる86種目で競技が開催されました。日本からも94名の選手が参加して銀メダル3つ、銅メダル2つの合計5つのメダルを獲得しました。

 実は、私も2月23日から2泊3日という短期間でしたが、バンクーバーを訪問する機会がありました。今回のコラムでは、いつもとは趣向を変えて、あまり深く考えすぎずバンクーバー現地での様子や、米国やカナダでのオリンピックの報じられ方など、皆さんが日本からテレビや新聞などを通じて知るオリンピックとは別の視点からバンクーバー五輪を感じたままにレポートしてみたいと思います。

 なお、誤解なきよう予め断っておきますが、これは個人の目を通した部分的な感想であり、バンクーバーオリンピック全体を評価しようとするものではありません。

(続きはこちら


選手強化と教育

先週木曜日にバンクーバーからNYに戻りました。実はNYは木曜日に大雪が降り、一晩で50cm以上積もりました。 

今回は、クライアントとバンクーバー→NYの視察を行っていたのですが、NYへの移動日が大雪と重なりてんやわんやでした。僕はかろうじてNYに戻ることができたのですが、別便で移動していたクライアントの便は無事バンクーバーを発ったものの、NY近くまで来て天候不良でトロントに迂回着陸。結局、NYに到着したのは予定より半日遅れとなり、視察予定を変更したり、雪でオフィスが閉鎖されてしまったインタビュー先と急遽テレフォンカンファレンスを設定したりとバタバタとしていました。

しかし、雪のお陰でこんなヤンキースタジアムを見ることもできました。いつもは緑色の芝が目に鮮やかに飛び込んでくるヤンキースタジアムですが、純白のヤンキースタジアムもなかなか乙なものです。

   

バンクーバーではカナダのスポーツ関係者と会ったり、オリンピック会場を視察したり、JOC関係者とお会いして話を伺ったりしていたのですが、選手強化の話になった時に面白い話を伺いました。

競技人口や若年層人口などいろいろな要素からメダルとの相関関係を分析されているそうなのですが、日本の獲得メダル数が少ないことをそうした統計から有意に説明することができないんだそうです。確率論で考えれば、人口が多いほど類まれな才能をもつアスリートが出現する可能性は増えるわけで、競技人口が増えればこうした選手をその競技に取り込むチャンスも増えるわけです。でも、日本はこの確率論で強化を語ることができない。

僕は選手強化の専門家ではないので、不用意な議論は避けたいところなのですが、例えば素朴な疑問として、今回のオリンピックで人口約1億2000万の日本が獲得したメダル数が5つ(金3、銅2)であるのに対し、人口約4800万人の韓国が獲得したメダル数は14個(金6、銀6、銅2)です。この差は何なのか。

ここからは全くの素人考えなのですが、その要因の1つとして、広い意味での人間教育が挙げられるのではないかと感じます。もう少し具体的に言うと、競争に対する価値観をいかに醸成しているかという点です。

僕はアメリカ人に交じってフラッグフットボールをやっていますが、彼らはどこかゲーム感覚で競争を楽しんでいるようなところがあります。勝ったら勝ったで嬉しいし、楽しい。負けたら悔しい。でも、結果としての勝負と人格は別のところにある。ところが、日本では勝敗と人格がリンクして語られてしまうことが往々にしてあると思います。

だからなのかもしれませんが、例えば幼稚園のお遊戯会で白雪姫をやろうとしたら、白雪姫が5人も10人もできてしまうとか、小学校の運動会の徒競走で全員が手をつないでゴールするとか、こうした現象が起こるのかもしれません。要は競争や結果としての勝敗を良くないものとして捉えた平等主義です。

でも、社会に出たらこうした平等主義は通用しませんよね。競争の結果は優劣ではなく、役割分担なんじゃないでしょうか。人にはそれぞれ向き不向きがあります。適材適所。こうした悪しき平等主義の裏にあるのは、「白雪姫こそ1番」「トップにこそ意味がある」という価値観です。でも、別に白雪姫じゃなくて7人の小人でもいいじゃないですかね。

回りくどくなりましたが、日本における競争に対する価値観の教育も、スポーツの競技力強化を下支えする要素になりえるのではないかと感じました。

バンクーバーに着きました

先ほどバンクーバーに到着しました。

着いてまずびっくりしたのが、空港の入国審査に並んでいるところに巨大なモニターが設置されていていたこと。これなら待ち時間も苦になりません。バゲッジ・クレームにもモニターが設置されており、町をあげて盛り上げていこうとする姿勢が伝わってきました。



空港からダウンタウンまでも電車で20分ほどと、公共交通機関によるアクセスも抜群です。東京でオリンピックを開催するなら、やはり空港から都内へのアクセスが大きな問題になるような気がしました。

ホテルにチェックインした後にダウンタウンを歩き回ってみたのですが、空港での第一印象とは裏腹に、イマイチ持ち上がっていない感じでした。まず暖かく雨が降っていて、冬季五輪という雰囲気があまりしません。街中には雪も見当たらず、これならニューヨークの方がよっぽど寒くて雪が残っています。



今回バンクーバーに来たのは、特に競技を観戦するためではなく、今日も競技場にはいかずに主に街中の雰囲気を感じようと出歩いていたのですが、例えばタイムズスクエアの年始のカウントダウンとか、ニューヨーク・ジャイアンツが優勝したときの優勝パレードのような、街全体が生き物のように鼓動しているような、はちきれんばかりの躍動感は残念ながらまだ感じられていません。平日の午後だったからかもしれませんが。

とりあえず、バンクーバー到着速報ということで。
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