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東京オリンピックの通常開催がどのくらい現実的なのか考えてみた

前回のブログを書いてからちょうど10日が経過しましたが、残念ながらこの間に新型コロナウイルスが世界中に爆発的に拡散してしまいました。米国でも、10日前には11名だった死者数が今や103名と日本を大きく上回ってしまいました。SF市は昨日3週間の自宅待機令を出しました。NYも48時間以内に市長が外出禁止令を出すのではないかとの報道もあります。今マンハッタンはゴーストタウンのようです。

 

前回も書いたように、東京オリンピックが開催できるかどうかは、国内の感染の終息だけでなく、国外の状況に大きく依存しているように思われます。今回は、東京オリンピックを予定通り開催することがどれくらい現実的なのかをより具体的に考えてみることにしました。

 

A)最も理想的なシナリオ

最も理想的なシナリオは、国内外で新型コロナウイルスの感染拡大が終息している状況でしょう。一般的に、感染症のアウトブレイク終息の定義とは「潜伏期間の2倍の期間が経過するまでに新たな症例が確認されなかったとき」とされているようです。WHOによれば新型コロナの潜伏期間(incubation period)は最大14日とされていますから、28日間新たな感染者が確認されなければ終息宣言を出せることになります。

 

東京オリンピックの開会式は7月24日に予定されていますから、どんなに遅くともその28日前に当たる6月26日までに完全に感染拡大を絶っておくことが開催のための絶対条件になります(現実的には、選手の来日は開会式のもう少し前になります。選手村の開村は7月14日のようです)。6月26日以後に一人でも感染者が見つかれば、開会式までに終息宣言を出すことは不可能になります。

 

日本で最初の感染者が見つかったのが1月21日ですから、ざっくり中国の1か月遅れの状況です。現時点で、中国の新規感染者数はかなり少なくなってきていることを考えると(3月17日は21名。2月上旬には1万人を超える日もあった)、日本国内に関しては、終息宣言を出すことは不可能ではない様にも見えます(このあたり、僕は感染症の専門家ではないので分かりませんが、もし詳しい方がいたら教えて下さい)。

 

一方、海外はどうでしょうか?僕が住んでいるアメリカでは、先日トランプ大統領が「終息は7月とか8月になるかもしれない。誰にも分からない」と言っていました。ヨーロッパでも感染が日に日に拡大しています。この状況で、オリンピックに参加する全ての国で6月26日までに感染拡大を絶つことは難しいのではないでしょうか?となると、このシナリオはあまり現実的ではないということになります。

 

B)もう少し現実的なシナリオ

日本で終息宣言は出せたが、海外では出せなかった状況を考えてみましょう。

 

この場合、実効的な海外からの感染拡大防止策を大会組織委員会が用意しておくことが必要になります。でなければ、せっかく感染症が終息した日本で再発してしまう可能性があります。それにより万が一新たな死者が出たともなれば目も当てられません。そうなれば、「平和の祭典」であるオリンピックのブランドは大きく傷ついてしまうでしょう。それはIOCが最も恐れることです。

 

海外からの感染拡大防止策を考える場合、「選手を含む大会関係者」と「観戦者(旅行客)」の2つのグループに分けて考える必要があるでしょう。

 

まず前者(選手を含む大会関係者)の場合。来日前に厳しいスクリーニングを行っておくことは言うまでもないですが、来日後に万が一感染が発覚した際の隔離政策を事前に準備しておくことが不可欠です。そして、実はこれがかなり大変です。

 

米国スポーツ界でいち早くシーズン中断を決めたのはNBAだったのですが、それは選手から感染者が確認されたためです。NBAは、この選手が過去10日間に5試合に出場していたことから、自軍を含めた6チームの選手全員を濃厚接触者として隔離措置の対象にすることを決めました。NBAは全部で30球団ありますが、選手一人に感染者が出ただけで、1/5のチームがプレーできなくなってしまったのです。これがNBAがシーズン中断を決めた直接的な原因です。

 

東京大会では、公開競技も含めて33競技339種目が実施予定で、世界中の200以上の国や地域から1万5000名以上の選手が来日する予定です。競技によって接触度に違いがありますから、個別に隔離ポリシーを決めておく必要があります。

 

例えば、バスケットボールを例に考えてみましょう。バスケでは、出場する12か国をA・B2つのグループに分けて予選リーグを行い、それぞれ上位4か国(合計8か国)が決勝トーナメントに進出します。予選は7月26日から8月2日まで行われ、8月4日から決勝トーナメントが始まります。決勝戦は8月8日です。

 

万が一、予選リーグ実施中に選手から感染者が見つかった場合、どうなるでしょうか?NBAと同様の対応を取るなら、予選でこの選手と対戦した国の選手は全員隔離の対象になります。こうなった場合、それ以降の試合に参加できませんから、不戦敗とならざるを得ないでしょう。予選の後半で感染が分かれば、最悪の場合、グループ内全チームが隔離対象になります。一方のグループが隔離で全滅した場合、残りのグループの上位4か国だけでトーナメントを継続するのでしょうか?あるいはグループ内で4か国が隔離で参加できなくなった場合、残りの2か国は自動的に決勝トーナメントに出られるのでしょうか?例えばその2か国が全敗だったとしても?

 

新型コロナの厄介な点は、潜伏期間が長い(14日)上に、発症前から感染力があるとされる点です。選手から感染が確認されれば、基本的に大会中に接触のあった全選手が隔離対象になりえます(オリンピックは2週間しかない短期大会)。

 

競技により選手どうしの接触度は違いますから、隔離対象(濃厚接触者)を決めるのも簡単ではありません。体操や陸上といった個人競技はまだ感染した本人だけ隔離すれば済むかもしれませんが、団体競技は厄介です。NBAでは、試合で対戦した全選手が濃厚接触者とされ隔離されましたが、ラグビーはどうでしょうか?スクラム組むのでちょっと怪しいかもしれません。では、野球はどうでしょうか?サッカーは??

 

これを競技ごとに全て事前に決めておく必要があります(余談ですが、映像から濃厚接触者を自動的に割り出すソフトなんかを開発しておくと、いろんな競技団体から引き合いがあるかもしれません)。オリンピックは2週間の短期間に数多くの競技が行われる超過密大会です。競技スケジュールを見てみると、そのあまりの過密日程にちょっとゾッとします。

 

また、選手村や病院などのキャパや構造の問題で物理的に隔離できる人数にも上限があるはずです。大会期間中に隔離された選手がそのリミットに達してしまった場合、大会自体を即時中止することも考えておかなければならないかもしれません。また、こうした特別ルールについて、各国際競技連盟(IF)や各国のオリンピック委員会(NOC)から事前に承認を受けておく必要もあるでしょう。

 

当然、選手からは反発も考えられます。ここまで命を削って努力してきたのに、自分以外の選手のせいでその努力が水の泡になってしまうかもしれません。「そんな不合理な大会ルールに則ってプレーできない」と感じる選手を責められないでしょう。IFやNOCによっては、参加を辞退するところもあるかもしれません。

 

また、後者(観戦者・旅行客)の観点から感染拡大防止策を考えるとどうでしょうか?大会組織委員会によれば、大会期間中にオリパラ合わせて1010万人の観客を想定しています。人数が多過ぎるため、観戦者・旅行者から感染が確認されても、大会組織委員会が手取り足取り隔離を行うことは現実的ではありません。基本、自主的な隔離を行うことが原則になると思うのですが、わざわざ海外からやってきて少々風邪っぽいくらいで観戦を諦めるでしょうか?あるいは、家族など複数人が同部屋で泊っているケースなどでは、自主隔離を行おうとしても別途宿泊を手当てすることは至難の業でしょう。

 

ところで、感染拡大防止策を検討する上で気になる動きがあります。米国の上院議員がIOCに対して大会の危機管理を確認する公開書簡を3月11日に送付しています。書簡を送ったのは、「製造・貿易・消費者保護に関する商業小委員会」(Commerce Subcommittee on Manufacturing, Trade, and Consumer Protection)の委員長と幹部で、同小委員会は、米代表選手の健康・安全管理の責任を負っています。

 

書簡には以下の7つの質問が記載されており、4月10日までの回答を求めています(訳は筆者の意訳)。

  1. While we are aware that the U.S. Olympic and Paralympic Committee has an Infectious Disease Advisory Group, what internal organizational measures or actions has the IOC taken, to date, to specifically address and coordinate plans to prevent further spread of COVID-19 in preparing for the 2020 Olympic Games? (IOCが大会準備においてCOVID-19の感染拡大を防止するためにどのような対策を取っているのか?)
  2. Were there infectious disease coordination protocols for the 2020 Olympic Games in place prior to the initial reports of the COVID-19 outbreak? If so, what were those protocols? (COVID-19のアウトブレイクが始まる前に2020年大会のために何らかの感染症対策は存在したのか?)
  3. Please describe in detail the IOC’s coordination efforts with the WHO, the U.S. Centers for Disease Control and Prevention (CDC), the Government of Japan, and the relevant local health agencies in Tokyo to prepare for the upcoming Olympic Games and the expected influx of attendees. (IOCは、WHOやCDC、日本政府、東京の保健機関らとどのような大会準備を行っているのか?)
  4. Are there specific contingency plans to effectively respond to a confirmed case or cases of COVID-19 during the games? If so, what are these plans? (大会期間中にCOVID-19の感染者が確認された場合の危機管理計画は用意されているのか?)
  5. Please describe the frequency and substance of communications with the participating NOCs and their members.  (各NOCとの間にどの程度の頻度でコミュニケーションを取っているのか?)
  6. Are unique precautions being taken related to specific NOCs that are geographically located in countries with prevalent numbers of COVID-19 cases? If so, what are those measures? (COVID-19が流行中のNOCからの感染拡大防止策はあるのか?)
  7. Please describe in detail any other relevant actions being taken by the IOC as it relates to preventing the spread of COVID-19. (IOCがCOVID-19の感染拡大防止のために講じているその他の対策はあるか?)

 

上記7つの質問のうち、4(大会期間中に感染者が確認された場合の危機管理計画)と6(流行中の国からの感染拡大防止策)は日本の大会組織委員会が主体的に用意するものであることを考えると、既にIOCから組織委員会にはこの件で照会が入っているものと思われます。

 

多くの方が既にご存知のように、IOCの最大のお客様は米国であり、NBCです。この書簡に対して、IOCから納得いく回答が得られない場合、米政府は「日本の大会組織委員会は選手にとって十分に安全と言える競技環境を保証していない」などとして、代表選手派遣の中止検討などの対応を取るかもしれません。

 

最悪なのは、米国は今さながら戦時下のような厳戒態勢になってしまったことです(まあ、厳密に言えば米国はいつも世界のどこかで戦争をしているので、常時戦時下なのですが)。911の時に痛感しましたが、米国は戦争などで本土を攻撃された経験がほとんどないため(真珠湾と911だけ)、本土がやられると過剰反応する嫌いがあります。「挙国一致で敵をやっつけろ」と最大防御モードになるのです。

 

今、米国はコロナウイルスとの戦いで精いっぱいで、とても他国でのオリンピックのことを考える余裕はありません。昨日のCDCの勧告により、あと8週間は50人を超えるイベントの開催ができないことになっています。米スポーツ界ですら完全に沈黙している状況で、東京オリンピックへの選手派遣なんてまともに議論できる余裕はないかもしれません。米国が選手派遣に後ろ向きになった場合、他国もこれに追随する可能性は大きいでしょう。

 

とりあえず、このシナリオで通常開催に漕ぎつけるためには、少なくとも第一関門として4月10日の回答期限までに実効的な危機管理計画をIOCに提示できるかどうかにかかっているように見えます。

 

とはいえ、このシナリオは他国の状況次第という部分が強く、いくら日本が万全な危機管理計画を用意したとしても、日本が完全にリスクを管理することができません。「感染の危険を冒してまで無理に予定通り大会を開催する必要はない」との声が選手からも大きくなってくれば、「アスリートファースト」を掲げる組織委員会としても、この声を無視することは難しいでしょう。その意味では、先の見通せないシナリオと言えます。

 

C)残念なシナリオ

通常開催できなかった場合は、中止か延期の二択になりますが、個人的に中止の選択肢はないように思います。なぜなら、ただでさえ世界からオリンピック大会招致に立候補する都市が激減する中で、IOCとしては五輪ブランドを守るためにも東京大会を安易に中止にはできないからです。

 

以前、日経ビジネスにも寄稿しましたが、英オックスフォード大学の調査などによりオリンピックの財務的リスクが可視化されてきています。オリンピックはたった2週間ちょっとの短期イベントにも関わらず、小国の国家予算にも匹敵する巨額な開催費用が必要なことで知られています。同大学の調査チームは、2016年に発表したレポートで「オリンピックの開催を予定している都市や国は、世の中で最も高額で財務リスクの高いメガプロジェクトを行おうとしているという認識を持つべき」と警鐘を鳴らしています。耳が痛いです。

 

延期になった場合、1年後、2年後のほかに、12年後という案も出ているという噂があります(4年後はパリ、8年後はロスで決まっているため)。確かに12年後なら困る人は少なくなりますが、日本としては「今までの準備は何だったんだ」ということになり、到底受け入れられないでしょう。後手後手に回って外堀を埋められ、最悪の選択肢を強いられるのは何としても避けたいところです。

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