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2020年の日米スポーツビジネスのトレンドを占う

気が付けば1月も半分以上過ぎてしまいましたが、年初ということで近年の出来事を振り返りながら2020年の日米スポーツビジネスのトレンドを占ってみようと思います。

 

■不動産業化する球団経営

スポーツ施設建設によるジェントリフィケーションって何?と思った時に読む話」でも書きましたが、日米のスポーツ施設建設における大きな違いの1つは、自治体がスポーツ施設建設を都市開発のツールとして考えているかどうかです。米国では、ジェントリフィケーションによる効果(税収増、雇用創出、都市のブランド向上など)を期待する自治体に球場建設費を負担してもらい、球団は税金で建ててもらった球場を事業の中心に据えて一体型経営を行っていく形が一般的でした。先進的な球団は、さらに球場を起点に事業の垂直統合を行い(テレビ局を買収したり、施設運営や協賛・飲食事業に特化した事業会社を作るなど)、多角化を進めています。

 

言い方を変えると、球場の中は球団、外は自治体や通常の民間企業(不動産会社など)という切り分けがあったのですが、近年は球団が球場の外の開発も主体的に手掛けるケースが増えてきています。例えば、MLBアトランタ・ブレーブスは2017年に新球場SunTrust Park(企業合併により今期からTruist Parkに名称変更)をオープンしましたが、球場建設費7億3500万ドルのうち2億7600万ドルは税金による支援を受けています。一方で、球場の周辺の街づくり(Battery Atlanta)には、球団が独占事業として5億5000万ドルを投じてホテルやオフィスビル、商業施設、マンション、シアターなどを建設しています。

 

今や、球団は不動産業にも進出するようになり(多角化の一事業として街づくりを行うようなイメージ)、ジェントリフィケーションによる利益をも手にできるように経営の守備範囲を広げています。

 

実はこうした動きは、日本でもちらほら見られるようになってきています。例えば、新球場の建設計画を進めている北海道日本ハムファイターズは、球場周辺に街づくりを行う計画を立てており、昨年9月には新球場の運営会社を設立しています。ボールパーク内にはショッピングセンターや保育園、温泉、マンションなども建設が予定されており、公式サイトには「Ballpark Future Vision」として街づくりの中心となる6つのテーマが掲げられています。今春には起工式が行われる予定となっており、広大な林だったところにどんな夢あるボールパークが出来上がるのか今から楽しみです(開場は2023年予定)。

 

また、横浜スタジアムに隣接する横浜市庁舎が今年中に移転することになっており、その跡地の開発コンペが昨年9月に実施され、ベイスターズの親会社DeNAを含む8事業者による開発グループが事業予定者に選定されています。こちらは、「Minato-Machi Live」(ミナト マチ ライブ)を事業コンセプトに、国際的な産学連携と観光・集客装置を目指してイノベーションセンターや大学、ライブビューイングアリーナ、ホテルなどを併設した地上30階、地下1階の総合施設が建設される計画です(こちらは2024年開業予定)。

 

ただ、「流行り言葉で思考停止にならないために」でも書きましたが、こうしたいわゆる「スポーツアンカー地区」の開発には巨額の投資が必要になるうえ、球団に集客力があることが前提になります。米国でも、こうした開発を手掛ける球団は一部の人気チームや、オーナーが不動産業を営んでいるようなケースに限られるので、全ての球団・都市への正解にならない点には注意が必要でしょう。

 

■大学スポーツの変容

2016年に学生選手への報酬の支払いを禁ずるNCAAのアマチュア規定が反トラスト法(日本の独禁法)違反とされて以来、大学スポーツはそのビジネスモデルの修正を迫られているわけですが、昨年の大きな進展としては、9月にCA州が大学学生アスリートにプロ選手同様エンドースメント契約の締結やエージェントの利用を認める法案を可決したことが挙げられます。

これにNY州やIL州など9つの州も追随しており、NCAAもこうした動きを受けて早々に肖像権(NIL)を用いた報酬の獲得を学生選手に認める方針転換を明らかにしました。

 

ただし、厳密に見れば、NCAAの収益を学生選手に分配するという話ではなく、あくまでこれとは別に報酬を獲得する手段を認めるという文脈なのは注意が必要です。NCAAとしては、学生への収益分配に話が及ぶのは是が非でも避けたいところでしょうから、今後はこの点が学生選手との分配の議論の焦点になっていくでしょう。

 

NBAは既にドラフトの年齢制限を撤廃する方向で選手会と調整を進めており、遅くとも現行の労使協定が失効する2024年以降は確実に年齢制限はなくなり、高卒即プロ入りが認められる「NCAAとの直接対決時代」に突入することになります。これを見越してNBA傘下のGリーグも選手待遇の改善や育成環境を整備を進めています。昨年末にGリーグのPresidentと面会する機会があったのですが、NBAとしてもよりGリーグに対するコミットメントを強め、NBA選手育成機関としての位置づけを明確にしていく方針のようです(これまでは大学が事実上のNBA選手育成機関という暗黙の了解があった)。

 

フットボールでも、いよいよ今年7月から18〜22歳を対象とした育成プロフットボールリーグ「Pacific Pro」が開幕しますし、いよいよパンドラの箱が開いたという感じです。

 

教育機関である大学がスポーツ“ビジネス”を行うことには、本質的な利害相反があります。結局、建前はどうあれ、現実はビジネスとして収益を最大化するには勝利至上主義にならざるを得ず、勉強どころではなくなってしまうのがNCAAで起こっている現実です。また、学生にタダ働きさせながら巨額の収益を生む現行システムは独禁法違反であり、人権侵害との批判も昔からありました。日本でもUNIVASが始動しましたが、こうした米国で大学スポーツが強いられている変容の本質を理解し、今後のかじ取りに生かしてほしいと思います。

 

■「Snack視聴」の加速

昨年3月に日経BPが主催した「SPORTS Tech&Biz」などでもお話ししましたが、米国ではスポーツは「じっと座って観戦する」(Watch)ものから、食事やおしゃべり、デート、ゲーム、賭け事など「何か他のことをしながら観戦する」(Snack)ようになると言われています。スマホの生活への浸透やスポーツ賭博の普及(後述)、デジタルネイティブのZ世代の登場などにより、今後さらにこの傾向が強まることが予想されています。

 

既にスポーツ施設の設計はこの傾向を反映したものになっており、座席を取り外して立ち飲みスペースに模様替えしたり、コンコースのデッドスペースにソファーなどを設置したラウンジにしてまったりスペースを作るなど、スポーツ施設内の空間の使い方に大きな変化が見られるようになってきています。

 

また、こうした変化を受けてチケットの販売方法も進化し、「サブスク型の席なしチケット」が売られるようになってきています。これは、月額30ドル程度を払えば、いつでも好きな試合に入場することができるというチケットで、固定席はアサインされないため、ラウンジや立見席で友人らと話しながら観戦してもらうというイメージです。従来まで、球場には来ずにスポーツバーなどで観戦していた層をターゲットにしているのでしょう。

 

これから新設されるスポーツ施設では、収容人数の1/4〜1/3程度は座席のない席になるのではないでしょうか。

 

■スポーツ賭博の拡大

2018年5月に最高裁が事実上スポーツ賭博を解禁して以来、昨年末時点でアメリカ全50州および特別行政区(ワシントンDC)において、14州が既にスポーツ賭博を合法化していて、7州は合法化法案が既に議会を通過し、施行を待つのみとなっています。また、合法化法案を審議中の州も24あります。つまり、約9割に当たる45/51(DC含め)の州はスポーツ賭博を既に合法化しているか、合法化を推進しているわけです。

 

昨年、僕も既にスポーツ賭博を合法化しているNJ州のアトランティックシティまでスポーツ賭博を体験しに行ってきました。

実際にやってみて良く分かりましたが、これは確実に一定数のファンを獲得するツールになるのは間違いありません。特に注目されているのは、In-Play BettingあるいはProp Bettingと呼ばれる試合中に賭けの結果がすぐに分かるスポーツ賭博で、例えば野球なら「最初の3イニングの両軍の合計得点は3点を超えるか」「5回表の2番目の打者は出塁するか」といった賭けがスマホのアプリで手軽に行えるようになっています(ファンはカジノ内のスポーツ賭博専用ラウンジに来てテレビモニターを見ながらスマホで賭けを行っている)。

 

将来的には、スポーツ施設内にもスポーツベッティングラウンジみたいなのができるように施設設計も変わるでしょうし、スポンサーシップやチケット販売の方法も変わっていくことになるでしょう。

 

「日本では賭博は違法だから関係ないかな」なんて思っているあなた、それは違います。実はスポーツ賭博は日本でも既にスポーツ市場最大のセグメントになっています。日本政策投資銀行によれば、2012年の国内スポーツ総生産(GDSP)は11.4兆円と推計されていますが、その38%に当たる4.3兆円が公営競技から生み出されています(「2020年を契機とした国内スポーツ産業の発展可能性および企業によるスポーツ支援」P16。グラフは東洋経済「日本はスポーツで「稼ぐ」国に変われるのか」のものを転載させて頂きました)。そうです、公営ギャンブルです。

 

 

ちなみに、この調査は日本政府による「2025年までにスポーツ市場を15.2兆円にする」という目標設定(下表)のベース(現状分析)になったものですが、政府の目標設定においては公営競技(4.3兆円)と教育(1.6兆円)が除外されています。まあ、民間事業ではないということなんでしょう。

 

日本では、賭博行為は刑法第23章「賭博及び富くじに関する罪」(第185条〜187条)により禁止されていますが、刑法第5条に則る「法令又は正当な業務による行為」として公営ギャンブルを認めており、競馬・競輪・ボートレース・オートレース・スポーツ振興くじ(toto)などの政府や地方行政による公営競技・ギャンブルは合法とされています。

 

公営ギャンブルは民間事業ではないですが、totoなども前述したSnack視聴の文脈に合うように商品開発を進めれば、スポーツ振興に寄与できる可能性は大いにあると思います。現在提供されているのは、勝敗や得点を当てるシンプルな方法のみですが、In-Play Bettingのような手法を導入すればファン開拓を進め、収益性を高めることもできるでしょう。日本のスポーツ界には、こうした未来を見据えたロビー活動も必要になってきますね。

 

■女性スポーツのブレイクスルー

昨年、フランスでサッカー女子ワールドカップが開催されました。結果はご存知の通りアメリカが優勝し、日本代表は決勝ラウンド1回戦でオランダに敗れて涙をのみました。

 

ところで、優勝した米国代表のユニフォームはナイキが提供しているのですが、そのユニフォームのシーズン販売数がナイキ社史上最多になりました。この数字は、同社が手掛けるバルサやブラジル代表など男子チームも含めたものであったこともあり、驚きをもって伝えられました。

 

これは、女性スポーツの社会における位置づけの変化を如実に表していると思えます。もはや、女性スポーツがRepresent(代理)するのは、単なる「競技」や「女性」だけではないのです。確かに、米国サッカー女子代表チームは世界最強で、米国内でも男子代表より人気があったりしますがw、単に「強いサッカーチーム」だけなら、バルサやブラジル男子代表チーム以上にユニフォームが売れたりしません。

 

今回の代表チームは、共同主将のMegan Rapinoeに象徴されるように、「強いサッカー」や「強い女性」の象徴であるだけでなく、「LGBTQ」「トランプに喧嘩をふかっけるリベラル」「黒人差別に抗議する人権主義者」「サッカー協会に男女同一賃金訴訟を起こす男女同権運動」など、様々な領域で象徴的存在として見られているのです。そして、「彼女たちこそ私の代弁者だ」と思った(サッカーファンに限らない)者がユニフォームを手にしたのです。

 

スポーツには「代理応援理論」というものがあります。要はファンはチームの「何か」と自分の「何か」を重ね合わせ、チームを自分の代理・代表として応援するという考え方なのですが、通常はこの「何か」が競技や地域や国籍であったりするわけです。しかし、近年スポーツ自体の社会的位置づけが大幅に変容し、より社会的存在感を高め、社会課題の解決者としての発言力を高めています。それにより、ファンが自分の存在を重ねられる「何か」が飛躍的に多様化しているのです。米国サッカー女子代表のユニフォームが売れた背景は、こうしたスポーツの質的変容と無関係ではありません。

 

こうしたスポーツの本質的変化に気づいた世界のスポーツ界は、男女の待遇平等化や女子リーグの再編・強化を進めています。昨年、WNBAのコミッショナーに就任したCathy Engelbertと意見交換する機会に恵まれました。NBAは、女性スポーツの重要性の高まりを認識し、従来までのWNBAのPresident職を廃止してデロイトのCEO(女性としては初)だったCathyをコミッショナーとして招聘したのです。

 

Cathyのプロ経営者としてのオーラから、これはただ者ではないという印象を受けましたが、やはりWNBAも「スポーツが女性をEmpowerしていくという文脈を大いに活用していく」と言っていました。彼女は経営側の人間ですから、女子選手の環境改善に最善を尽くしながらも、リーグの収支を整えていく責任を負います。夢物語だけを語るわけにはいかない苦しい胸の内も少し垣間見られたのですが(面会した時はちょうど労使交渉の真っ最中だった)、今年に入ってWNBA選手会と女性選手の環境改善に最大限配慮した新労使協定を締結したニュースが届き、彼女の本気度を改めて感じることになりました。ちなみに、彼女は大学時代はバスケ部とラクロス部と掛け持ちし、いずれも主将だったそうです。

 

日本では、まだ女性の活躍がスポーツ界だけでなく、社会一般でも進んておらず、こうした「女性のEmpower」という文脈が十分な勢いを得るに至っていない現実があります。日本は社会的な同質性も高く、女性スポーツが代理できる「文脈」もまだまだ競技の中に限られるのかなという印象があります。しかし、見方を変えれば、今後女性スポーツが日本における女性の社会進出のパイオニアとして、あるいは社会改革のペースセッターとしの役割を果たすことができるポテンシャルは大いにあるとも言えます。

 

そうした中で、昨年はワールドカップを戦い終えたばかりの熊谷紗希選手らが中心となり、「女子サッカーの文化に」を掛け声にピッチの外にも活動の幅を広げる「なでしこケア」(通称「なでケア」)が立ち上がるなど、日本でも新しい動きも芽生え始めています。日本でも女性スポーツのブレイクスルーが期待されています。

出会いを導くプリンシパル

明けましておめでとうございます。

 

2020年1月1日でトランスインサイト株式会社も設立14周年となり、15年目の年に突入しました。個人的には、米国滞在20年目に突入です。

 

僕が社会人になったのが1996年4月でしたから、今年4月で社会人人生は24周年。ほぼ四半世紀が過ぎたわけですが、そのうち20年を米国で自営業者として過ごしていることを考えると、自分事ながら全く恐ろしいですね。こんな人生になるなんて、文字通り全く夢にも思っていませんでした。人生とは、計画通りにいかないところが面白いですよね。計画以外の部分が人生の本質だなんて言う人もいます。

 

渡米したのは2000年8月。9月から大学院の授業が始まりました。19名の同級生のうち、非英語圏から来たのは自分だけ。最初のセメスターは英語がほとんど分からず、授業終了後に宿題は何だったのかを確認する日々が続きました。当然ながら日本人は米国ではマイノリティですが、留学生とかアフリカ系アメリカ人などの同じ立場の仲間がとても優しくしてくれました(僕の大学院時代のBest Friendはみなアフリカ系アメリカ人です)。

 

何とか最初のセメスターを乗り切り、次のセメスターが始まるかどうかの2001年2月に勢いで知人と起業しました。これも今思い返すと恐ろしいことですが、当時の自分には起業家として生きていく実力もお金もなく、「勢い」と「志」しか持ち合わせがありませんでした。それからジェットコースターのような日々が始まりました。授業と起業を何とか両立させながら、2003年に正式に労働ビザを獲得できる目途が立ち、大学院を卒業。

 

正式に労働ビザを取得して、自分に対して初めて払った給料で飲んだ生ビールの何て美味かったことか。大きな会社に所属していると、自分の成果なんてはっきり分からず、目に見えにくいものです。でも、起業した自分の会社なら、間違いなく自分の働きで得た収入だと実感できます。あのビールの味は一生忘れないでしょう。

 

そして、2006年1月にNYにトランスインサイトを設立しました。それからあっという間に14年。その間、いろいろな方にお世話になり、ご迷惑をかけ、面白いこと、大変だったこと、いろいろありました。その中で痛感した(体験的に確信している)ことは、人生も事業も計画通りにはいかないということです。良い意味で。

 

もちろん、企業経営者として会社を回す最低限の売り上げだとか、キャッシュフローとかには気を付けないと会社が潰れちゃいますから、それは大前提です。ただ、昨年比で売り上げをX%伸ばすとか、事業構成や競合を見てポテンシャルがありそうな領域を探すとか、最初はそういう経営計画っぽいことを考えたりしてたんですけど、途中からやらなくなりました。意味がないことに気づいたんです。特に僕みたいに実質的に個人事業主として仕事している人間には。

 

事業的な展開が大きく拓かれるのって、結局僕の経験的には出会いしかないんですよね。しかも、新たな展開とか可能性って、自分が気づいていない領域からくることが多いもので、自分の想像力の外にあるんですよね。だから、そんな意味ある出会いは計画できないわけです。

 

なので、僕は途中から厳密な目標設定をやめて、自分の行動の中で「出会いを導くプリンシパル(原理原則)」を守るようにするようになりました。3つしかない、とてもシンプルなものです。

 

原則 損得より使命感重視

仕事は、突き詰めれば「自分の命を何に使うか」という取捨選択ですが、起業家であれば、自分は何のために起業したのか言語化できているはずです。でも、「やるべきでない」けど「お金になる」領域の仕事って結構あるんですよね。でも、そういうのに手を出して使命感が伴わない仕事ばかりしてると、本当に必要な出会いってやって来ないんですよね。

 

原則◆Я蠱未気譴訖祐屬砲覆

僕にとっては「相談される」ことが仕事の重要な部分を占めているのですが、そういう立場を創るのって、結構大変です。経験的に「相談される総量」が増えると、仕事の相談も増えていくようです。そのために、仕事の相談はもちろん、仕事にならない知人や学生からの人生相談にも喜んで乗るようにしています。事故や災害などで「ヒヤリ・ハットの法則」というのがあると思うんですけど、あれと似ていますね。仕事になる相談が1つ来るためには、仕事にならない相談がいくつもあるみたいな。

 

原則:本気でやる

手抜きしない。嘘つかない。全力でやる。当たり前のことですが、これを続けるのは簡単ではない。また、原則,箸盍慙△靴泙垢、使命感を感じられる仕事でないと本気にはなれないものですよね。あとは、本気でやる相手と組むというのも大切ですね。本気でやっている人達には、本気の人が集まってきます。

 

経験的に、この3つの原理原則を守っていると、自分の計画(イマジネーション)より遠くに楽しく行けます。結局、自分の使命に忠実に全力で生きていると、それまで見えなかった流れが見えてくるんですよね。これが最大の経営サバイバル術だと思ってます。

 

ということで、2020年もよろしくお願いします。

今年もまだ見ぬ同志との出会いを楽しみにしています。

 

Trans Insight Corporation

President

鈴木友也

スポーツ施設建設によるジェントリフィケーションって何?と思った時に読む話

これから日本でいわゆる“稼げる施設”が建設されるためには、地方自治体がスポーツ施設建設による「ジェントリフィケーション」を理解し、施設建設をその手段として活用する投資マインドが生まれるかどうかにかかっていると思います。多分、数年後の日本のスポーツ界では「ジェントリフィケーション」がキーワードになっているはずです。  

 

「ジェントリフィケーション」(Gentrification)とは、日本語では「中産階級化」「高級化」などと訳されるようですが、要は都市の再開発や新しい産業の発展などがきっかけとなり、それまで荒廃していた地域に経済的に豊かな層が流入して地域住民や企業の構成が変わることを言います。  

 

今、日本スポーツ界で“稼げる施設”建設の流れをけん引しているのは、北海道日本ハムファイターズやV・ファーレン長崎、千葉ジェッツら民間企業が主導する(地方自治体が資金調達に直接的に関与しない)「民設施設」のスタジアム・アリーナ計画です。しかし、今後全てのプロジェクトがこれらのように民間主導で建設費を全額調達できるわけはなく、税金の投入を前提にした(地方自治体が資金調達に関与する)「公設施設」において、PPP(官民パートナーシップ)が資金調達の中心的な役割を果たせるようにならないといけません。  

 

ところが、現在そこで大きな壁になっているのが、多くの公設スポーツ施設を保有している地方自治体のスタンスです。スポーツが教育のツールとして発展してきた日本では、歴史的にスポーツ施設は国民(競技者)の心身を鍛える場として設置されてきた経緯があります。戦前は国民の体力低下を憂えた陸軍の提唱で、「総合運動場」が各地に設置されていきました。そして、戦後も国体がこの動きを踏襲してきたわけです。  

 

要は、日本のスポーツ施設は歴史的に観戦者(顧客)を想定しておらず、事業的発想はなかったわけです。ですから、それを管理する自治体にしても金儲けのセンスなど全く求められていなかった。施設保有者としての自治体が気を使うのは、施設使用時の平等性や公平性を担保することだけでした。これが、日本に“稼げる施設”がほとんどない理由です(だから、自治体の人が悪いわけではありません)。  

 

それが、アベノミクスでGDPを増やす必要から、それまで住民サービス(コストセンター)の拠点として運営されてきたスポーツ施設に、一転して“稼げる施設”(プロフィットセンター)として事業的センスが求められるように風向きが180度転換してしまったのです。だから、自治体がこの動きにすぐに着いていけないのも、ある意味致し方ないと思います。100年かけて作られたDNAがたった数年で変わったりしません。ここをうまく変えていけるかが“稼げる施設”を日本で増やしていけるかどうかの大きなポイントの1つになると思います。  

 

米国でも、日本同様に多くのスポーツ施設は地方自治体により保有されています。メジャーレベルの施設ですと、約7割の施設は税金が投入された「公設施設」で、しかも日本とは対照的にこれらは顧客体験に配慮され、高収益のプレミアムシートが多く設置された最新鋭施設で、巨額の収益を生み出しています。同じ自治体保有なのに収益性が大きく違うのは、施設保有者としての自治体のスタンスが全く違うからです。  

 

しかも、施設のP/Lを調べてみると、実は米国でも公設施設で黒字化しているのはあまり多くないことが分かります。巨額の収益を生み出すのに、なぜ黒字にならないのか?それは、施設から生み出されるほとんど全ての事業収入がテナント(施設を利用するプロ球団など)に分配されてしまうからです。米国では、テナントと施設保有者だと、テナントの方が交渉力が強いんですね。  

 

ではなぜ、米国では地方自治体が多額の税金を投入してまで黒字になりにくいスポーツ施設を建設するのでしょうか?それは、ジェントリフィケーションが起こるからです。  

 

言い方を変えると、自治体は施設からの直接的な事業収入を施設建設のメリットとは考えていないのです。それより、自治体が欲しいのは、都市の再開発を成功させることで固定資産税や消費税の増収や新たな雇用の創出、住民のQOL向上、都市のブランド向上といったメリットなのです。こうしたメリットは、ジェントリフィケーションによって新たな産業が興り、人々が集まることで賑わいが生じ、結果的に地域が活性化することで長期的にもたらされることになります。  

 

日本には、自治体が意図的なジェントリフィケーションを狙ってスポーツ施設の建設を計画した事例はまだほとんどないはずです。ですから、前例主義の自治体にこの投資サイクルを理解してもらうには、まずは民設施設で結果を出すことがファーストステップになると思います。ファイターズの新球場建設によって北広島市の税収が大きく伸びたり、北広島市が北海道で住みたい街ナンバーワンになるといった結果がでれば、それに興味を示し、似たような取り組みを始める自治体が出てくるはずです。1つでもそういう自治体が出てくれば、公設施設にも稼げる施設が拡大していくきっかけになるでしょう。  

 

ところで、ジェントリフィケーションを起こすのは、もちろんスポーツ施設建設だけではありません。例えば、今(どちらかというと悪い話として)話題になっているのは、サンフランシスコで起きているジェントリフィケーションです。シリコンバレーのテック企業が業容を拡大すると高給のエンジニアなどが増え、物件価値が急騰したため、それまでの住人が家賃を払えなくなってホームレスになっているのです。日本でもニュースになっていましたが、SFでは年収約12万ドル(1400万円)でも低所得者に分類されるそうです。。。  

 

僕も今月頭にSFに出張する機会がありました。1年ぶりくらいにSFに行きましたが、路上にはホームレスがあふれ、さながらBatmanのゴッサム・シティや北斗の拳の世界のような荒涼とした風景が広がっていました(多少大袈裟に言ってますが、雰囲気は近い感じでした)。これにはちょっとびっくりしました。SFはもともとホームレスが多い街ですが、先日目にしたのは(最近まで普通にアパートに住んでいたと思われるような)それなりに身なりの良い人が登山用のテントなどで路上生活している光景でした。先日、60 Minutesでもホームレスが急増したシアトルの様子が取り上げられていました。シアトルもマイクロソフトの本社があったり、Amazonが最近新社屋を建てたことが話題になりましたよね。  

 

ですから、ジェントリフィケーションは良い話だけではないのです。Amazonばかり悪い例に用いて恐縮ですが、AmazonがNYのLong Island Cityに東海岸のHQを建設することが決まった直後から、住環境の悪化を懸念する住民の反対運動が起こり、結局HQ建設は中止されてしまいました。僕も3年前にUpstate(NY州の北の田舎)に引っ越す前はLICに住んでましたが、住人だったらあそこにAmazonが来るのは嫌だったろうなと思います。地下鉄はさらに混むでしょうし、家賃も上がるでしょうから。  

 

と、こうした話題を半ば他人事のように聞いていたところ、先日ジェフ・ベゾスが僕のオフィスが入っているビルの向かいのアパートに引っ越してきたというニュースを知ってびっくり。なんでも、ペントハウスとその下の2階の3フロアを約8000万ドル(88億円)で購入したとか。  

 

僕も今では「NoMad」(North of Madison Sq.の略)と呼ばれるようになったこのエリアに2006年からオフィスを構えてますけど、当時はこの一帯は問屋街で、少し雑然とした下町風情のある地域でした。それが近くにAce HotelのようなブティックホテルやEatalyのようなマーケットプレイス、多数のレストラン・バーなどができ、ここ4〜5年で問屋はどんどん駆逐されていきました。オフィスの家賃も倍以上になりました。。。  

 

ベゾスが越してきたアパートなど、長い間誰も使っていない廃墟のような無人ビルだったのを、つい数年前にリノベしてリオープンした物件です。まさにジェントリフィケーションを身をもって体験しているわけですが、オフィスの家賃がさらに高騰しないことを祈るばかりです。

スポーツは音楽業界とは異なるチケット再販モデルを志向すべき

今月14日にチケット不正転売禁止法が施行されました。簡単に言うと、興行主が「特定興行入場券」に指定したチケットは、興行主の許可がない限り転売が違法になるというものです。

 

この法律の成立には、いわゆる「転売ヤー」の取り締まりを求める音楽業界の意向が強く反映されているようです。しかし、結論から先に言えば、スポーツ界はチケット再販では音楽業界とは異なる道を模索し、音楽業界とは差別化した再販モデルを志向すべきだと思います。なぜなら、チケット販売モデルが音楽業界と異なるからです。

 

チケット再販の日米の違いについては、以前日経ビジネスにも寄稿しました。

 

日経ビジネスのコラムでも指摘しましたが、音楽業界との最大の違いは、スポーツ業界の商品(チケット)の反復性が非常に高い点にあります(同じ顧客層をターゲットに同じ興行主が同じ市場で同じ商品を売る)。プロ野球なら年間140以上の試合があり、ホームゲームは70試合以上もあります。

 

著名なアーティストでも、全国ツアーという形で場所を変えて公演を行うのが普通です。同じ会場で年間70回以上も公演を行うアーティストなんてまずいないでしょう。

 

こうした興行形態の違いから、チケットの販売手法も音楽業界とスポーツ業界では大きく異なる部分があります。端的に言えば、シーズンチケット保有者(Season Ticket Holder=STH)の存在やその重要性です。

 

スポーツの主な興行収入にはチケット収入以外に、協賛収入やテレビ放映権収入、グッズ・飲食収入などが挙げられますが、チケットが売れることが、それ以外の収入源が潤う前提となります。つまり、チケット販売はその他の収益源にキャッシュという血液を循環させる心臓のような役割を担っています。

 

そのチケット販売の中でも、最重要顧客となるのがSTHです。公式シーズンが始まる前から全試合のチケットを購入してくれる(1試合も開催される前から球団にキャッシュインしてくれる)STHの存在は、球団経営に大きな安定をもたらしてくれます。

 

スポーツ興行の最大の特徴であり難点は、商品の品質を保証できない点にあります(必ず勝つチームは作れない)。こうした不確定要素が前提のスポーツ興行では、1試合毎に単券を販売しているだけでは、チームのパフォーマンスや天候リスクを十分に回避できず(チームの成績が落ち込んだり、天気が悪いとチケットが売れなくなる)、球団経営の一丁目一番地であるチケット収入が安定しなければ、他の収益源も含めたトータルでの球団経営の安定性・継続性が損なわれます。

 

言い方を変えれば、こうしたリスクを承知の上で全試合のチケットを購入してくれるSTHは球団にとって最も大切にすべき顧客であり、STHの比率を高めるとともに、彼らに最大の利益を提供することが事業戦略上極めて重要になるわけです。

 

つまり、スポーツ業界がチケット再販モデルを設計する上でより重視しなければならないことは、転売ヤーの取り締まりではなく(これが重要ではないという意味ではありません)、STHへの最大利益の提供なのです。

 

米国のメジャースポーツでは(競技や球団にもより違いはありますが)、観客収容数の5〜8割程度はSTHであるケースが一般的です。チケット販売でも、シーズン開幕前はとにかくシーズンチケットを中心に販売し、開幕後はグループチケット(団体を相手にしたチケット)やパッケージチケット(複数の試合を組み合わせたチケット)、企画チケットを販売し、最後に単券を売るというのが基本的な販売戦術になります。

 

一方、日本の場合はSTHをメインに据えた販売が必ずしも行われておらず、どちらかというと球団はファンクラブ中心にチケットを売っているケースが一般的でしょう。そのため、日本のプロスポーツ界ではSTH比率は多くても2〜3割程度と言うのが私の感覚値です。STH比率が低いのは、球団が慣習的にチケット販売をプレイガイドに委託してきた歴史とも関係があるように思います(話が逸れるので、これは別の機会に)。

 

こうした現状の日本のスポーツ界にとって、チケット再販制度の整備は、「将来的にどのようなチケット販売戦略を考えますか?シーズンチケット販売モデルを志向しますか?それとも、従来通り単券販売モデルで行きますか?」という問いに等しい訳です。しかし、僕の知る限りスポーツ界でこうした議論が十分に行われた形跡はあまりなく、盲目的に音楽業界がリードする現行のチケット再販モデルに追従してきたような印象があります。

 

半年前に全試合のチケットを買ってくれた人と、今日チケットを1枚買ってくれた人の球団経営における重要度は異なります。スポーツ興行では、STHをより買い求めやすい環境を作る一貫として、いつでも行けなくなった試合のチケットを再販できる仕組みを用意しておく必要があるのです。購入額より高い金額で再販できてむしろ当たり前です。今日の100万円と半年前の100万円では価値が異なるのと同じことです。

 

チケット不正転売禁止法では、興行主が「特定興行入場券」に指定した場合、入場時に本人確認を実施することが努力義務として求められています。しかし、本人確認が厳しく(面倒に)なればなるほど、再販しづらくなるSTHへの提供価値は下がります。スポーツ界はSTHの存在という特殊性を理解し、このトレードオフの関係を上手くバランスできる独自の再販モデルを志向すべきでしょう。

 

米国では、NFLは既に昨シーズンから紙チケットを全廃してデジタルチケットに完全移行していますし、他のメジャースポーツも今から1〜2年程度でチケットは全てデジタル化されるようなスピード感で動いています。米国の様に、「スマホで正規のチケットを保有していれば本人と見なす」程度で僕は十分だと思います。もっと言えば、公式シーズンのチケットは、特定興行入場券の指定すら不要かもしれません。

 

日本のスポーツ界は音楽業界とは異なる道を模索し、STHの最大利益に配慮した流動性の高い、顧客志向の独自のチケット再販モデルを志向すべきだと思います。

「スポーツ×テクノロジー」の落とし穴

先月、日経BPさんが主催した「Sports Tech & Bizカンファレンス2019」で講演する機会を頂きました。頂いたお題は「米スポーツ界のテクノロジー活用の実態と日本版成功モデルの作り方」。スポーツ×テクノロジーは近年注目を集める分野だけに、「喋りづらいなぁ」というのが正直な感想でした。

 

米国でのスポーツテックの進化の過程を見てきた立場から率直に告白すると、今の日本のスポーツ界のテクノロジーの応用文脈には少し違和感を覚えているのですが、それを上手く伝えられるか自信がなかったためです。言うまでもなく、米国で成功している取り組みが日本での正解には必ずしもならないという前提がありますし、僕のクライアントでもこの分野で事業を行っている企業もいます。やはり、やりにくい。何よりも、2020年の東京オリパラに向けてスポーツ界が成長産業として注目されている今、その勢いに水を差したくないという気持ちもありました。

 

頂いた講演時間は50分。この手のカンファレンスの講演時間としては短い方です(普通は90分くらい?)。なので、一層伝える情報を厳選して構成を上手く考えないと伝えるべきメッセージが伝わらず、誤解を生むだけで終わってしまうかもしれません。うーん、喋りづらい。

 

同じようなトピックでは、1年ちょっと前にSBAで「スポーツ×ICTを疑え!? 〜米国スポーツ界の“実像”と日本企業が陥りがちな“罠”〜」というセミナーを行ったことがありました。少し挑戦的なタイトルをつけてやってみたセミナーだったのですが、意外と受けが良かったこともあり、基本的なアングルは同じ感じで行こうと決めました。しかし、日進月歩のテクノロジーの分野で1年以上前の話をそのまま繰り返しても情報は古いし、面白味もないので、そこは情報をアップデートした上で、構成にもひねりが必要です。結局、カンファレンス当日の朝まであれこれ考えて、テクノロジー企業の立ち位置を俯瞰して整理する形から入ることに決めました。

 

スポーツへのアプローチの仕方で整理すると、企業は「協賛スポンサー」と「商材スポンサー」に大別されます。協賛スポンサーは読んで字のごとく、スポーツに協賛することで自社の経営課題を解決する、いわゆるスポンサーシップとしての関わり方です。スポーツをツールとして活用することで自社の経営課題を解決することから、「Marketing THROUGH Sports」と言い換えることができます。

 

一方、商材スポンサーは、分かりやすい例で言えば、スポーツ用品製造者や試合運営支援企業など、スポーツ自体を盛り上げることが事業となっている企業です。サプライヤーと言い換えることができるかもしれません。こうした企業はスポーツと共存共栄関係にあるため、スポーツ自体の経営課題を解決することが重要になることから、「Marketing OF Sports」と呼ぶことができるでしょう。

 

このように、スポーツに関与する企業でも、協賛スポンサーと商材スポンサーではアプローチが真逆になります。前者は「己」(自社のニーズ)を知ることが重要になりますが、後者は「相手」(スポーツのニーズ)を理解することが重要になります。

 

「スポーツ×テクノロジー」での最大の落とし穴は、テクノロジー企業は本質的に商材スポンサーの位置づけになるべきなのに、協賛スポンサーとして振る舞っているケースが(特に日本では)多く見受けられることです。本来は、スポーツ組織が抱える経営課題を踏まえ、それを技術で解決するのがあるべき姿なのに、自社のシーズ(テクノロジー)ありきで、それを売ることが目的となってしまうのです。

 

最近、スポーツの本質を捉えきれない(苦戦中の)事例として米国で良く言及されるのが「VR観戦」です。スポーツ観戦の本質とはソーシャルな体験であり、喜怒哀楽を仲間と共有することを求めてファンは試合観戦を行うわけです。このソーシャル機能は、近年コンテンツ開発や施設設計でもより重要視されているファクターです。

 

今の技術では、VR観戦はファンが箱の中に閉じこもってしまうため、このソーシャル体験が大きく損なわれてしまうんですね。隣の人とハイタッチもできない。なので、米国ではVR観戦はスポーツの本質を捉えきれない失敗事例として整理されつつあり、実際VCによるVRテックに対する2018年の投資額は前年から半減していますし、VRテック大手のNextVRも今年に入って従業員の4割をレイオフしています。

 

VR観戦も、例えばミッション・インポッシブルの様にコンタクトレンズにVR映像を投影できるレベルまで技術革新が進めば、ソーシャル体験は損なわれないため話は違ってくるでしょうし、観戦用途以外でも、トレーニング用途(フットボールでQBがパスカバーを判断力を磨いたり、ダウンヒルの滑降選手がコース取りや体重移動の判断力を養うなど)や営業用途(シーズン席や協賛の営業で実際の試合での座席からの見え方や施設での見栄えを見せたり、施設建設前からプレミアム席のモデルルームでVR視聴で未来体験させるなど)などでは活躍の可能性がまだあると思います。

 

また、顧客体験とかファンエンゲージメントといった、ファンとのI/Fの部分に行きたがる点も日本独特なのかもしれません。しかし、ここは当てるのが難しい領域です。米国でも、一昔前にはアプリを使って今までにない革新的な観戦体験を提供しようと多くのテック企業がこぞって様々なサービス(マルチアングルの映像提供とか、座席からの飲食オーダーとか、トイレの待ち時間表示とか)を開発していましたが、結局今でも定着したサービスはほとんどなく、観戦中のアプリの使用率は低迷したままです。

 

結局、いろいろと球団やリーグの経営者と話していると、やはり最も顧客体験にインパクトがあり、かつ観戦体験を損なうことがない投資は、ビジョンの大型化と音響設備の拡充に集約されつつあるような印象を受けます。

 

個人的には、「顧客体験 < サービス < ビジネス < インフラ」という原則があり、左ほど「Nice To Have」(あったらいいけど、なくてもいい領域)、右ほどMust Have(なくてはならない領域)というイメージを持っています。しかし、皆左に行きたがる(笑)。日本のスポーツ界では、テクノロジーの導入が遅れているビジネス領域やインフラが少なからずありますので、そっちの方に注目してもいいのではないかと思っています。

 

こんな形でカンファレンスの導入部分を整理し、後半は日本のスポーツ界が抱える本質的な問題点や、今後スポーツ界にもたらされるであろう変化の潮流・トレンドについて駆け足でお話しさせて頂きました。自分の頭の中でも上手く整理できていなかった領域だったこともあり、「たった50分の講演なのに何時間準備にかけるんだ」と自分で突っ込みを入れたくなるくらい悩みながら構成を考えた講演だったんですよね。

 

まだ自分の中でどれだけ聴いて頂いた方々に有益な情報を提供できたのか手応えが掴み切れない感じではあるのですが、講演後、わざわざ控室までいらして頂いて「感動しました」と感想を伝えてくれた方がいらしたり(こんなことは初めてでした。僕も感動しました!)、個別に来場してくれていた知り合いからも割とポジティブなフィードバックは聞けたので、悩みながらも準備をした甲斐は少しはあったなと、少しは安堵したところです。

 

とはいえ、最後は駆け足になり、何枚かスライドもスキップせざるを得なくなってしまいました。余裕をもって構成を考えたつもりだったのですが、やはり、少しでも丁寧に説明しようとすると、時間があっという間にたってしまいます。スポーツ賭博の部分などは、もっとじっくりそのインパクトや本質的な意味について解説したかったのですが、残念です。まあ、これはまた別の機会にということで。

 

感想やご意見、建設的批判はWelcomeですので、是非当日お越し頂いていた方がいましたら、共有して頂けますと幸いです。

2018年の米国スポーツビジネス振り返り

新年になりましたが、これからの来るべきスポーツ界の1年を見据えるに当たり、いい機会なので昨年米国スポーツ界で起こった大きな出来事・新しい潮流について、ツイッターへの投稿などを振り返りながら整理してみようと思います。

 

■スポーツ賭博の合法化

何といっても昨年米国スポーツ界最大の出来事は、これまで違法とされてきたスポーツ賭博に合法化の道が開けたことでしょう。これまでスポーツ賭博は1992年に制定された連邦法PASPAによりネバダ州をはじめ4州を例外に違法とされてきました。しかし、このPASPAを憲法違反だとする司法審査が昨年5月に最高裁で確定したため、スポーツ賭博の合法性に関する判断は州政府に委ねられることになりました。

 

この最高裁判決を受け、昨年10月時点で6州が既にスポーツ賭博を合法化し、18の州が合法化に向けた法案の審議を進めています。全米50州+DCの約半数の州がスポーツ賭博合法化に舵を切っている状況です。こうした中、NBA、NHL、MLBが相次いでスポーツ賭博事業者MGM Resortsとスポンサー契約を締結。NFLもつい先日、Caesarsとスポンサーシップ契約を結びました(ただし、NFLはリーグ規約で賭博を許可していないので、スポーツ賭博領域は契約から除外されている)。

 

スポーツ組織にとって、スポーツ賭博合法化の事業的インパクトは単に賭博者という新たな顧客を取り込めるだけに留まりません。スポーツの消費形態は、近年のソーシャルメディアやモバイルデバイスの登場や、デジタルネイティブのミレニアル世代の社会参加により、大きく変化してきていると言われています。具体的には、1試合をじっくり観戦する(Watching)という消費は主流ではなくなり、スポーツをつまみながら(Snacking)他のこと(食事、おしゃべり、別のスポーツ観戦など)を並行して行う形に変化してきています。

 

スポーツ賭博解禁で重要なのは、このSnackingの文脈からこれを理解することです。実際、スポーツ賭博合法化のインパクトは、賭博から生み出される直接的な収益よりも、新たな観戦形態を提供できる選択肢によって既存収益源から増収を生み出せる部分の方がはるかに大きいと言われています。

 

AGA(米国ゲーミング協会)とNielsenの試算では、米国4大スポーツで合計42.3億ドルの増収効果があるとされていますが、増収効果の78%はスポーツ賭博により新しい観戦・消費形態が生まれることによる既存収益源への増収効果(Revenue Increase from Fan Engagement)で、賭博からの直接的な増収効果(Gaming Related Revenue)をはるかに上回っています。

 

■来そうで来ないOTT

Jリーグを筆頭に放映権がテレビからOTTに移行しつつある(スポーツ界におけるテレビの影響力が減退しつつある)日本にいるとイメージしづらいと思いますが、米国では放映権は有料テレビ局が高額複数年契約でガチガチに押さえていて、OTTが入り込んでくるスキがなかなかない状況です。

 

過去には、NFLがTNFの放映権をYahoo!やTwitterに実験的に売ったり、最近でもMLBがDAZNと新たにストリーミング契約を結びましたが、これもNFLのRedZone Channelのようにプレー中の試合のチャンスの場面だけを「Live Look-In」として抜き出してオンエアするもので、試合中継の本丸を手にするものではありません。

 

「来るぞ来るぞ」と言われながら、なかなか来ないOTTだったのですが、果たしてその状況を一変させたのがAmazonでした。

 

昨年、DisneyがFOXを買収したのは記憶に新しいところですが、反トラスト法違反でこの買収を審査していた司法省が、FOXが持つ22のRSNの売却を条件にこの買収を認めました。現在、このRSNの入札が行われている最中なのですが、ここに手を上げてきたのがAmazonでした。放映権を買うのではなく、テレビ局を丸ごと買ってしまおうというのですから、Amazonらしいスケールの大きな話です。

 

この22局の中には、ヤンキースの放映権を持つYESなども含まれており、Amazonがスポーツ中継ビジネスに参入してくると、これまでの勢力図が一変してしまう可能性があり、この入札の行方は要注目なのです。


■NCAAとプロスポーツの直接競争時代の幕開け

米国の大学スポーツで大きな収益を上げているのは、男子バスケとフットボールの2競技にほぼ限定されます。なぜこの2競技だけビジネスとして成功しているかというと、NBAとNFLにはドラフトに年齢制限があり(NBAは19歳、NFLは20歳にならないとドラフト資格を得られない)、高卒即プロ入りが認められていないからです。

 

これにより、プロ志望の大学トッププレーヤーは、年齢制限があるから仕方なく大学に進学しているという学生も少なくなく、これが裏金の温床になっていました。昨年、FBIの捜査により、有望選手の入学を希望するナイキやアディダスといった大学スポンサー企業や、卒業後の代理業務を狙うエージェントが、選手(やその家族)やリクルーティングで影響力のあるヘッドコーチにカネをばら撒いていた一大スキャンダルが発覚しました。

 

FBIの捜査はまだ続いていますが、このスキャンダルを受け元国務長官のコンドリーザ・ライスを委員長とする第三者委員会が立ち上がり、スキャンダルの元凶となっていた年齢制限の撤廃や代理人の使用許可などを含む大学バスケ界の改革案が提示されました。

 

こうした動きに合わせ、NBAも傘下のGリーグの待遇を改善するなど、来るべき年齢制限撤廃に備え、高卒トッププロを受け入れる環境整備を虎視眈々と進めています。

 

つまり、これまで年齢制限により上手く守られていた大学スポーツとプロスポーツの住み分けが終焉を迎え、今後は直接的な競合として選手の争奪戦を繰り広げることになるわけです。

 

NCAAとプロスポーツが直接対決を迫られるのはバスケだけではありません。2020年7月から18-22歳を対象とした育成プロフットボールリーグ「Pacific Pro」が開幕します。これにより、年齢制限により利権が守られていたバスケ・フットボールともに今後はプロとの直接競争を強いられることになります。

 

NCAAは2016年には既にそのビジネスモデルの根幹ともいえるアマチュア規定(学生の本分は学問にあるという建前から、学生にはプレーの対価としての報酬は支払えないという規約。これによりスポーツ組織経営における最大のコスト要因である選手年俸を極小化することができた)が反トラスト法違反という判決が下されています。

 

大学スポーツのビジネスモデルが根本的に見直される流れは今後も続きそうです。教育機関がスポーツビジネスを行うことによる商業至上主義・勝利絶対主義の弊害がこれまでにない程噴出してきている昨今、プロとの直接対決時代を迎えるに当たり、学生スポーツの意義が本質的に問い直されていくことになるでしょう。

 

■アナリティクスによる競技の変容

いわゆる“マネーボール”に始まったアナリティクス(統計的データ分析)の戦術分析への応用は、スポーツの本質すら変えつつあります。主に打撃面での選手評価から用いられ始めたアナリティクスは、守備面にもその応用領域を拡大し、今やMLBでは多くの球団がバッターの打撃傾向に応じて極端な守備シフトを敷くようになってきています。

 

これは、フライには傾向が見られないがゴロには一定の傾向があるという分析結果に基づいた動きなのですが、これにより投手はゴロを打たせるような配球を行い、それに対峙する打者は逆にフライを打つように意識を向けるようになりました。

 

この結果、全体的な傾向として打者の平均打率は下がる一方で、ホームランの数は増えるようになり、インプレーの数が減ってきていると言われています。言い方を変えれば、野球が大味になったというわけです。これに対しては、MLBのコミッショナーも危機感を示しており、守備シフトの規制を検討していると報じられています。

 

また、アナリティクスが変えたのは選手の動きだけではありません。基本的な戦術はフロント主導になる傾向が強まり、監督には戦術(選手の起用や作戦の選択など)よりもチームの雰囲気づくり(いわゆるケミストリー)が任されるようになってきているようです。要は、科学の部分は球団が行うので、アートの部分を担当するように役割が縮小されてきているのです。これにより、MLBの監督の年俸は減少傾向になっています。

 

既に試合映像のスカウティング分析などにAIが入って来つつあります。リアルタイムで戦術分析が行えるようになるのも、時間の問題でしょう。言い方を変えれば、AIがGMや監督を置き換えるのが技術的に可能になるのです。果たしてそうなった場合、それをルールで許すのかどうか。スポーツの中で人の要素をどこまで排除することを認めるのか。守備シフトの先にはこうした本質的な問題が横たわっています。

 

■都市招致型グローバルメガイベントのビジネスモデル陳腐化

東京五輪開幕が目前に迫った今、オリンピックに代表される都市招致型グローバルメガイベントへの風当たりが急速に強くなってきています。資本主義が成熟期を迎え、資源の有効活用に向けReduce、Reuse、Recycleが求められてきている世の中で、開催都市に無理を強いるビジネスモデルは立ちいかなくなってきています

 

オリンピックのモットー「Faster, Higher, Stronger」(より早く、より高く、より強く)は、資本主義の発展過程では「豊かになりたい」という国民心理と密接に結びつき、大会開催を後押ししてきました。しかし、今日のように成長より成熟が求められる世の中では、たった2週間のイベントに兆円レベルの巨費を投じる理由を正当化するのが難しい時代に差し掛かっています。

 

26年の冬季五輪招致から札幌が撤退したのは記憶に新しいですし、カルガリーも市民の反対から昨年11月に撤退を決めたのをご記憶の方もいるかと思います。既に、26年五輪では大会招致に立候補した7都市のうち5都市が撤退を決めました。

 

日経ビジネスにも書きましたが、2016年にオックスフォード大学が実施した調査では、過去に開催されたオリンピックで招致段階の見積もり通りに収まった大会は1つもないという衝撃的な事実が明らかになっています。こうしたリサーチ結果を受け、同大学の調査チームも「オリンピックの開催を予定している都市や国は、世の名で最も高額で財務リスクの高い大規模プロジェクトを行おうとしているという認識を持つべき」と警鐘を鳴らしています。

 

東京オリンピックも「レガシー」をキーワードにサステナブルな五輪の実現に向け動いているようですが、「レガシー」がその場しのぎの言い訳に使われるようなら、東京オリンピックは1984年のロス五輪により構築されたと言われるオリンピックのビジネスモデルに終止符を打った大会として記憶されることになるでしょう。

 

ピンチはチャンス。是非とも、2020年の東京オリンピックが「サステナブル五輪への道筋をつけた大会」と言われるように、意味あるレガシーが残されることを期待したいと思います。

私の存在という質問

新年明けましておめでとうございます。

 

2019年1月1日でトランスインサイト株式会社は設立13周年を迎え、14年目の年に突入しました。個人的には在米生活も19年目になります。

 

渡米当時、こんなに長くアメリカに住むことになるとは、文字通り夢にも思いませんでした。振り返ってその理由を考えてみると、まずスポーツビジネスの先進的なノウハウを間近に見ることができ、これが業務上の差別化要因になっていることが挙げられます。感覚としては、これが50%くらい。やはり、生活者としての視点がないと、米国のスポーツ界を本質的に理解し、客観的に評価することはできません。

 

例えば、1週間出張でアメリカに来ても、先進的な事例を見たり話を聞くことは可能です。でも、生活者としての視点や実感がないと、情報の重みづけはなかなかできないものです。住んでいることで先進的な情報を肌で理解し、その実相を感覚としてつかんでいることを私は重視しています。

 

2つ目の理由は、スポーツを観るにしてもやるにしても、最高の環境が整っていること。これが30%くらいでしょうか。スポーツが人々のDNAとして刻み込まれている米国では、どの季節でも違ったスポーツが生活を盛り上げ、喜怒哀楽をもたらしてくれます。スポーツをやるにしても、人工芝で照明が完備されたグランドを比較的簡単に使うことができます。

 

平日、仕事を終えて午後6時からレクリエーションスポーツを楽しめる環境が身近に整っているというのは、本当に素晴らしいことです。50歳を目前に控え、3回も手術を経験しながら未だにフラッグフットボールをプレーし続けていること自体が、その証とも言えるかもしれません(笑)。

 

3つ目の理由は、アメリカという国との相性が悪くなかったのだと思います。集団への帰属がアイデンティティとなる母性社会の日本とは対照的に、一神教に根差した父性社会の米国では、あらゆる局面で個人の判断がベースになります。雑多な価値観が混ざり切った米国社会では、“暗黙の正解”は存在せず、同調圧力はゼロです。

 

こう聞くと、なんだか自由で楽しそうな印象を持つかもしれませんが、むしろこれは苦痛になりえます。僕もそうですが、母性社会での価値観をベースに米国で生活し始めると、大抵の人は大きな疎外感を感じることになります。母性社会の日本では、個人の自由を一定程度制限する対価として、自分が帰属する母集団(学校、会社など)が個人の世話を焼いてくれることが当たり前のようにあります(終身雇用制度などはその好例)。

 

個人の都合が常に集団の都合に優先する米国では、まず前提として個人の持つ集団への帰属意識は希薄で、集団も個人の世話を焼いてくれません。つまるところ、これは個人の自由意志の尊重なのですが、これに慣れていないと疎外感や冷たい感じを受けてしまいます。

 

自分で言うのもなんですが、僕は割と一人でいるのが平気ですし、どちらかというと天邪鬼で、皆が行く方向と違う方に行きたがる個人的な気質を持っているので、こういう性格的な部分がアメリカの生活に合ったのかもしれません。

 

「わたしの存在そのものが質問なのだ。その答えを知りたくて生きてるんだ」。これは、劇作家の寺山修司の言葉です。

 

何の因果か、私はアメリカに19年も暮らすことになりました。その間、弊社の取り組みに価値を感じて下さったお客様や、スタッフ・インターンをはじめとする多くの友人、知人、同志、そして家族に支えられて今に至りました。

 

異国に生活しながら個人事業主として社会に向き合っていると、どう考えても大きな存在に導かれているとしか思えないような不思議な感覚を覚えることも少なくありません。寺山修司の言葉ではないですが、こうした生き方を送ることになった自分の存在意義というものを再確認しながら、社会貢献と自己実現を両立する自分なりの人生の訴求価値(Value Proposition)というものを追い求めていきたいと改めて思います。

TNFを観て戦力均衡を思う

普段はあまりThursday Night Footballを観ることなんてないんですけど、昨晩のカードがNY Jets対Cleveland Brownsだったので思わずチャンネルを合わせてみました。Jets対Brownsと聞いてピンと来たあなたはかなりのNFL通です。そう、これは今年のドラフト1巡QB対決なのです。

 

TNFは、ファンの間では導入以来もっぱら不評なのですが、なぜかと言うと前節の試合から中3日しかないため、コーチ陣や選手が十分な休養や準備のための時間が割けず、クオリティーの低い試合が多いからです。なので、TNFの放映権はババ抜きみたいになっちゃってまして、OTTの実験場に使われたりしています。

 

昨年なら、はっきり言ってJets対Brownsなんて誰も観たくないような試合です。なにせ、Brownsは2016年シーズンから引き分けを挟んで18連敗中で、不振を極めていました。一方、私の地元のJetsも毎年QBの育成に失敗し、シーズン途中で失速というパターンが映画のように繰り返されていました。

 

しかし、今年4月のドラフトでBrownsは1巡1位でOklahomaからBaker Mayfieldを獲得、Jetsも1巡3位でUSCからSam Darnoldを獲得しました。つまり、昨日の対戦は今年ドラフトされた上位2QBの戦いだったわけです。JetsのDarnoldは初戦から先発を任されていたのですが、BrownsはBillsからトレードで獲得したTyrod Taylorを初戦から使い、Mayfieldには育成期間を設ける方針だったようです。しかし、昨日の試合ではTaylorが第2Qで負傷したため、予期せぬ形でMayfieldのNFL初戦になりました。

 

試合の方は、初戦から新人離れした落ち着いたパフォーマンスを見せるDarnoldがこの日も難なくオフェンスを指揮し、Mayfieldが投入された前半残り1分42秒の時点で14-0でJetsがリードしていました。しかし、Mayfieldが入ってオフェンスのリズムが変わったBrownsは試合終了前にフィールドゴールを決めると、後半も得点を重ね、試合終了まで残り47秒でJetsを逆転し、そのまま14-17でBrownsが勝利を収めました。

 

試合展開自体も非常にスリリングだったのですが、去年までカレッジフットボール界を賑わしていた2人のQBがBrownsとJetsという不人気チームを一夜にして立て直してしまうダイナミズムに舌を巻きました。これぞ、ウェーバー制ドラフトの真骨頂というところでしょう。日本のプロ野球もドラフト1巡の入札抽選を止めるだけでかなりの戦力ダイナミズムが生まれるだろな、なんてことを思った木曜日の夜でした。

アラフォー男子のeSports初観戦記

ここ数年、どこのカンファレンスに出ても「eSports」のワードを聞かない事はありません。コンサルタントとして「語るからには実体験せねば」ということで、機会があれば観に行こうと思いつつ、なかなか身近で開催している大会がなく機会を窺っていたわけですが、インターンのJ嬢に地元のBarclays Centerで開催されることを教えてもらい、ようやく初観戦に至りました。

 

<観戦したゲーム>

観戦したのはOverwatchという対戦型ゲームで、世界中に約4000万人のユーザがいるそうです(2018年5月現在)。Overwatchは2016年5月に米Blizzard Entertainment社が発売したゲームで、今年からMLG(Major League Gaming)と組んで「Overwatch League」(OWL)というリーグ戦を開始しました(ちなみに、Blizzard/MLGともにActivision-Blizzardという会社に保有されています)。

 

OWLは12チーム(米国9、韓国・イギリス・中国からそれぞれ1チーム。各チーム先発6名)から成り、1月から6月まではLAのBlizzard Arenaを拠点に公式戦を戦い、7月にプレーオフと決勝戦が開催される流れになります。公式シーズンは4ステージで構成され、各ステージでトップのチームに12万5000ドルの賞金が支払われるほか、公式シーズン全体の成績により2万5000ドル〜30万ドルの報酬がチームに支払われるそうです。プレーオフは上位8チームが進出し、優勝チームには100万ドルの優勝賞金が提供されるなど、賞金総額は350万ドルとのこと。

 

今回観に行った試合は7月28日(金)に開催された優勝決定戦「Grand Finals」の1試合目で、優勝チームは翌日の第2戦の結果とのトータルで決まるようです。まあ、MLBに例えればWorld Series、NBAならNBA Finalsの初戦を観戦したというイメージです。

 

OWLは所属12チームが各都市にフランチャイズを置く閉鎖型モデルを採用しており、eSportsで一般的な昇降格制度を伴う開放型ではないようです。米国でプロリーグが組織されるとサッカーもeSportsも閉鎖型になっちゃうのは面白いところです。

 

<観戦者のゲーム歴>

ちなみに、私45歳男ですが、小学生低学年の頃は地元のゲーセンでインベーダーゲームやパックマンをするなど、割とゲームが身近な環境で育ったように記憶しています。初代ファミコンが登場してファミスタやゼビウス、ドラクエなどに一通りハマりましたが、中学生になって部活が忙しくなって以来、ゲームとの接点はプツリと無くなって今に至ります。少なくとも30年以上はゲームから遠ざかっていた中、いきなりeSportsの観戦となりました。

 

全く予備知識のない中でのeSports観戦もいかがなものかと思い、試合当日の開始3時間前くらいになってオフィスでJ嬢とWikipediaやYouTubeなどでゲームの世界観やルールなどを慌てて勉強しだすも、展開や登場人物が複雑すぎて途中で心が折れ、二人ともほとんど無知なままぶっつけ本番の観戦となりました。

 

<Barclays Centerの様子>

30分前到着を目標にするも地下鉄の遅れでBarclays Centerに着いたのは試合開始15分前でした。アリーナの外はNBAの試合前のような混雑はなく、少し拍子抜けした感じでしたが、アリーナに入場しコンコースから座席エリアに入ると、熱狂的なファンで既に会場が埋め尽くされており、その熱気に圧倒されました。「なんじゃこりゃ」という感じです。

 

 

 

 

バスケ時に約1万8000名を収容するBarclays Centerですが、eSportsの場合はコンサート仕様と同様に一方にステージを設営するため、使えなくなるステージ裏の席と、フロアに追加設置される仮設席を相殺してキャパは約1万7000席程度のようです。フロアと1階席はほぼ埋まっており、2階席は半分くらいの入りだったので、全体で1万人ちょっとの動員だったような印象です。

 

ちなみに、チケットは全席自由で(フロア席だけ違うカテゴリだったと思いますが、1階と2階は行き来自由)、早い者勝ちです。3週間前に購入しようとした時には既に売り切れていたため、StubHubで1枚80ドルちょっとで購入しました。

 

<ゲーム展開>

ゲームは5つの異なるステージを攻守交替で行う形でした。1ステージ20〜30分程度かかり、各ステージの間には5分くらいインターミッションが入ります。こう説明すると、野球に似ていなくもないですね。

 

試合開始前にはチーム紹介があり(そういえば国家斉唱はありませんでした)、MCが居て1試合を通して会場を盛り上げます。MCとは別にDJもいて、ステージ間のインターバルなどはクラブのような感じでイケイケの曲をかけて雰囲気をヒートアップさせます。Tシャツトスなんかもやってました。この辺はNBAをもう少し賑やかにしたような感じです。

 

試合の模様はTwitchでも無料で生中継されており、25万人前後のアクセスが確認できました。ちなみに、翌日の決勝戦第2戦はESPNで生中継されてました。これをESPNが生でオンエアしちゃうのかと、ちょっと衝撃でした。

 

 

 

<通常のスポーツ観戦・興行との違い>

1)ゲーム経験者と未経験者の間の断絶

OWLを実際に観戦してみて痛感したのは、ゲームをやったことがないと全く盛り上がりに着いていけない点です。これはゲームの種類によっても違いがあると思いますが、今回観戦したOverwatchに限って言えば、アリーナのビジョンにゲーム展開は大きく表示されているので場面を見逃しているわけではないのですが、それでもやはり何が起こっているか全く理解できず、残念ながら最後まで周りの熱狂に溶け込むことができませんでした。

 

 

従来的なスポーツの場合、例えば野球やサッカーをやったことがない人でも、場外ホームランやセットプレーからの華麗なゴールなどを見れば、「すげー」と感激する場面があり、プレーの感動を共有することができると思うのですが、eSportsの場合これが比較的難しいのではないかと感じました。従来的なスポーツの場合は、プレーヤーの身体性自体が観戦対象であり、そのレベルの高さに観客は魅了されるわけですが、eSportsの場合は画面の中のプレーヤー(キャラクター)の身体性そのものというよりは、それを操作するゲーマーの技が観戦対象になるので、その技がどれだけ凄いのかが分からないと盛り上がれないのです。

 

米国プロスポーツ業界は最近5〜10年で「競技を見せる場」から「競技+アルファを楽しめる場」にそのValue Propositionを大きくシフトさせてきています。個人的に、その達成度を測るには「その競技を全く知らない人が来ても楽しめるかどうか」が一つの目安になると考えています。この尺度でeSportsを評価してみると、(Overwatchを知らない自分があまり楽しめなかったことが象徴的ですが)競技を知っている人と知らない人の間に大きな断絶があるのは、通常のスポーツ観戦との大きな違いかもしれません。

 

2)ゲーム会社主導の興行体制

特定のゲームタイトルをベースに大会を組織せざるを得ないのもeSportsの特徴です。今回観戦したOWLはBlizzard Entertainment社が開発したゲームを使い、MLGの協力でリーグ戦が実現しているだけですが、前述のように両社は同一オーナー会社に保有されています。つまり、こうしたスキームからどうしても特定企業の存在感を感じざるを得ず、「どうせゲーム会社のプロモーションに上手いこと乗せられてるだけでしょ?」という見方を否定できないのです。

 

また、テレビ中継やネット配信などでは、MCのトークやDJの盛り上げなどはあるにせよ、大部分はゲーム展開をそのままオンエアしているわけですが、当然ゲーム自体の知的財産権はゲーム会社に帰属しています。OWLのように、タイトルゲームの開発元とリーグ戦の興行主が同一であれば問題ないですが、これが異なる場合に、試合中継やその周辺コンテンツ(Pregame、Aftergame、応援番組などのコンテンツ)の放映権は誰が保有するのかは、まだグレーゾーンなのではないでしょうか?韓国などでは、訴訟も起こっているようです。

 

<想定されるKSF>

eSportsを大きな市場に育てていこうと考えた場合、前述のように「ゲーム経験者と未経験者の間に大きな断絶がある」ことが大きなハードルになるように思えます。

 

断絶を超える方向性としては、「ゲーム経験者を増やす」か、「ゲーム未経験者からも共感の得られやすい(見て分かりやすい)ゲームタイトルを選ぶ、あるいは会場全体としてそのような訴求価値を目指す」、の2つが大きくありそうです。前者は正論ですが(アメフト市場を拡大するには、アメフトのルール理解者を増やすべきだ、という主張に似ています)、これはマイナースポーツが陥りやすい罠で、実はなかなかすぐに成果が出にくい部分です。特にeSportsの場合は特定のゲーム会社の利害に直結するところも、単純に「ゲーム経験者を増やそう」という主張が響きにくいところではあるでしょう。

 

まあ、両方やって行くんでしょうけど、個人的には後者のアプローチに力を入れるべきかなと感じます。

 

ゲームを知らない人にも楽しんでもらえるには、前提条件として良いアリーナがあるのは必須でしょう。正直、ゲームを見せるだけだと間が持たないので、音楽や映像などで盛り上げないと単調になってしまいそうです(アリーナスポーツとの相性は抜群ですので、NBA球団が躍起になってeSportsチームの買収に走る気持ちは良く分かります)。

 

もう1つは、言葉の問題も市場を定義する上では大きな壁になり得ると思います。eSportsの場合、オンラインで予選や大会を開催することもできてしまうので、それを良く捉えれば国境などにとらわれずにボーダレスに興行することが可能です。ただ、(個人的には勉強不足で一般的な興行形態をよく知らないのですが)、例えば日本の大会を日本語で行うとした瞬間に世界(英語)のeSportsマーケットから取り残されてしまうような状況になり得るのではないかなとも思います。

 

今回、Barclays CenterでOWLを見た印象では、英語圏ではそれなりの市場やエコシステムが既に存在しているように見えるので、ゲーム経験者のみを前提としたマーケットだけでクリティカルマスが取れて事業として成立してしまうかもしれないものの、日本語だけだと十分な市場を確保できないという事態に直面するかもしれない、少なくとも英語圏に根付いた事業よりは不利だろうなと言う印象を受けます。

 

これは、ある意味今日本のサッカー界が直面している課題と共通するかもしれませんが、ヨーロッパのようにコアサポーターだけをターゲットにして毎試合6万人の観客が集まるほど市場が大きければ(成熟していれば)問題にはならないのですが、そうならない場合に、サッカー先進国のファン開拓はあまり日本の参考にならないのです。

 

こう考えると、日本を軸に日本語で事業展開する場合は、よりゲーム未経験者(カジュアルファン)からも共感を得られやすい日本独自の環境を整備しないとビジネスとしては苦しくなるかもしれません。

 

あと、細かいところですけど、今回優勝したLondon Spitfireのプレーヤー(ゲーマー)はほとんどが韓国人だったんですけど、試合中のプレーヤーの音声をステージ間のインターバルでオンエアするなど盛り上げる努力はしていたものの、そもそも会話が韓国語で、通訳や字幕が付くわけでもなく、「おー、何か真剣に声かけあってやってるな」とは思うものの、何を言っているのかサッパリ分からず、とても残念な感じだったので、こうしたところの多言語対応などもあれば良いなと感じました。

 

以上、初観戦記として書いてみましたが、ぼとんどeSports初心者でまだまだ勉強中ですので、的外れなことを言っていたらご指摘頂けますと有難いです。

海外視察を成功させるには

日本企業がシリコンバレーで嫌われているというのは有名な話なのですが、同じようなことがヨーロッパでも起こってるみたいです。

 

日本企業は「お勉強」海外視察を撲滅せよ。日本人は相手の時間奪う意識が希薄

一番の問題点であり、その他の問題を引き起こす真因でもあるのが「目的意識の欠如」です。視察希望者の70%くらいは「こういうことをするために、こういう企業を訪問して、こういう話を聞きたい」といった、具体的な目的を持っていません。

 

受け入れ先の時間と人的コストを使って情報をもらっているにも関わらず、テイクばかりでギブができない。だから「また日本人か」と言われてしまう。なので最近は視察の依頼を断るケースさえあります。僕なりの「無駄な視察撲滅運動」です。

 

僕も海外研修のコーディネートをやらせて頂いたりするので、記事の吉田さんの気持ちはとても良く分かります。

 

ちょうど先週、某プロ野球球団の海外研修で西海岸にいたのですが、このアレンジでいろいろと思うことがありました。この球団はもうかれこれ10年くらい毎年ミドルマネジメント層向けに海外研修を実施しており、かなり視察慣れしているので目的の明確化やその後のTakeawayの活用方法などは組織内で十分検討のうえで視察を実施しています。今年は従来と少し趣向を変えて、スポーツの領域以外にも目を向け、西海岸のIT企業も視察先に加え、彼らのマネジメント手法や事業開発思考なども参考にできないかという話になりました。

 

アポイントメントの調整は、同じ競技どうし(日本のプロ野球球団がMLB球団を訪問するようなケース)なら比較的容易です。特に選手の日米交流があるような競技は既にスカウトどうしで協力関係があったりするので、相手側もよっぽど都合が合わない場合を除いてだいたい快く会ってくれます。競技が異なる(プロ野球球団がNBA球団を訪問するなど)と少し難易度は上がります。

 

今回、プロ野球球団がIT企業にアポを入れるということで、全く異なる畑に足を踏み入れることになりました。結果的に、AmazonさんとZapposさんの視察はできたのですが、それ以外にもいくつかのIT企業に面会依頼をしていたのですが、こちらは見事に断られてしまいました。

 

理由はほぼ共通してて、「自分の企業にとって面会する直接的なメリットがない」から。ここまではっきり言われると逆に気持ちいいですけど(笑)、先方としてはビジネスにつながる可能性があるか、それがない場合は拘束時間に対する従業員の収入逸失分を謝礼という形で補償しない限り、基本的に面会には応じてくれないようです。

 

東海岸だと、断るにしてもこう少し婉曲的に言ってくれたりするんですけど、やはりシリコンバレーに代表される西海岸のベンチャー気質は違うなぁと、変に感心してしまいました。こういうカルチャーは、終身雇用がまだ色濃く残ってて、時間と成果で生産性を厳密に管理しない日本ではピンと来ないかもしれませんが(なので、日本の大手上場企業がシリコンバレーを訪問するなどという場合が、実は一番危険なのです)。

 

Zapposさんなんかは、世界中から視察が殺到しているらしく、逆に視察・面会への対応を1つの事業にしてしまっています。Zappos Insightsという関連会社を設立してて、面会は30分で参加者一人につき250ドル、1時間350ドルで受け付けています。安くない金額ですが、これで向こうも訪問者をスクリーニングしているのだと思います(単なる興味本位の訪問者の排除)。まあ、お金で解決できるなら、ある意味コーディネーターとしては楽なんですけどね。ちなみに、今回は6名で訪問したので、1時間の面会に2100ドル(約23万円)支払いました。

 

それにしても、Zapposは衝撃的な企業でした。視察前にNDAにサインしているので、残念ながらその情報を共有することはできないのですが、完全な自由主義の裏に、それはそれはとてもとても厳しい成果主義が徹底されていました。ほとんど宗教団体のような企業でしたね。

 

海外視察を成功させるために会社としてやらなければならないことは、非常にシンプルです。とにかく事前に質問項目をできるだけブラッシュアップしておくことです。これは2つの意味で重要です。

 

まず、良い質問は、訪問先のことをある程度理解していないと出てきません。公式サイトを見て基本的な事業内容を理解し、自社との違いが何かのか考えてみるとか、財務情報をIRのページから入手して事業構成や売上比率を押さえておくとか、最低その位はやっておかないと良い質問はできません。英語が分からないなら、専門家を呼んで日本で事前勉強会をやっておくのもよいでしょう。

 

良い質問、深い質問を考えるためには、それなりの準備を強いられますが、まずはこれがとても重要だと思います。

 

2つ目は、ある程度詳細な質問項目を用意し、事前にそれを訪問先に渡しておけば、Right Personに面会できる可能性が高まり、場合によっては関連資料なども事前に準備してくれたりもします。1時間の面会としても、通訳が入れば実質的にヒアリングできる時間はその半分の30分しかありません。この短時間の勝負に勝つには、事前準備が欠かせません。1時間の面会なら、最低でも質問したい事業領域(大項目)に応じて各10個程度の大まかな質問項目(中項目)を用意し、できれば各質問項目をもう少し詳しく落とし込んだ具体的な質問(小項目)にまで整理できていたらベターです。

 

最悪なのは、「ざっとこんな感じの話が聞きたい」という風に曖昧に視察目的を伝え、「あとは現地で何とかなるでしょ」というスタンスで視察に臨むケース。こういう場合、いざ面会になっても「御社の基本的な事業内容を教えて下さい」みたいな、「そんなの自分で前もって調べとけよ!」(コーディネーターの心の声)というような質問をするため、経験的にあまりいい面会になりません。事前にお願いしていた質問領域と全然違う質問をしたりすると、そもそもそれに答えられる人が出席していないというミスマッチも起こりやすくなります。

 

逆に、深い話に至ったり、「実はここだけの話だけどね」というマル秘情報を教えてもらえたりするのは、向こうが「こいつらなかなか勉強して来てるし、その熱意に何とか応えたい」って思ってもらえるようなケースなんですよね。あとは、財務情報などの数値は向こうも敏感なので、質問する際に一方的に質問するよりは、「うちは総収入がX億円で、うちY事業の収入比率がZ%なんだけど、御社は?」みたいに聞くと、向こうも数字を言ってくれやすくなります。

 

僕は、1つの目安として「相手に“That's a good question”と言われたら勝ち」という風にクライアントに伝えるようにしています。アメリカ人は自分が知らない事や、考えたことのないことを聞かれると大体「That's a good question」と言うので、そこまで鋭い質問ができたらこちらの勝ちなのです。

 

あと、これはクライアントにはあまり話さないことですが、日本企業の立場からは「一期一会」なのですが、コーディネーターは視察先組織と日常的な接触があるケースが多いので、あまりにも雑な視察をする企業は連れて行きたくない、というのがコーディネーターの本音です。「こいつが連れてくる日本企業はロクなところがないな」と思われてしまったら最後だからです。

 

そうならないようにするには、1)少なくとも事前に十分準備した状態で視察に臨み、相手に失礼のない質問をする、2)できれば面会時に相手の参考になるような情報をこちらから提供することも心掛け、その場でギブ&テイクを成立させる、ことが重要になります。2)は理想ですが、そこまでできる企業はあまりないので、コーディネーターがクライアントに見えないところでギブ&テイクの関係を上手くバランスさせていることが多いと思います。そのようにして、自ら身を守ることができるかどうかも、コーディネーターの実力の1つと言えるかもしれません。

 

僕もいろいろな視察のお手伝いをしていますが、Outputを強いられた視察というのは、もう参加者の覚悟が全然違います。「とにかくここで何かを掴まないと帰れない」という決意があります。逆に、「お勉強」目的の視察だと、どうしても主体性がなくなりがちで、お客様気分(来たくて来たのではなく、会社に連れてこられた感)が抜けません。

 

まあ、現実には「期末で予算が余ったから」とか「いつも頑張ってるからご褒美で」といった理由で海外視察に来るケースもありますから、全ての視察をストイックに進めて行くというのは無理でしょうが、少なくとも視察先の時間を奪っているという感覚を持ち、失礼がない程度の準備はしておいて欲しいというのが、(僕も含め)多くのコーディネーターの心の声だと思います。

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