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英雄に年齢制限はない


「With great power comes great responsibility」(偉大な力には大きな責任が伴う)

これは、映画「スパイダーマン」の中で、主人公のピーター・パーカーに対してベンおじさんが伝えた言葉です。

久しぶりのブログにも関わらず、唐突な書き出しになってしまいましたが、今日は敦賀気比高校の優勝パレードの件について書こうと思います。高野連は「華やかなパレードは高校生を英雄扱いし間違った心情を植え付ける」などとして、行き過ぎた祝賀行事の自粛を学校側に要請したと報道されています。

僕は仕事側、日米のスポーツの違いを主にビジネスサイドから15年間見続けてきました。日米のスポーツの違いの中でも特に大きな違いの1つが、「スポーツの価値」に対する認識の違いです。

日本では、「競技することこそがスポーツの価値である」という考え方が根強いです。例えば、プロスポーツ選手は「自分の仕事はフィールド上でプレーすることだ」と思っている人が多く、それ以外の広報や社会貢献活動などは、時には自分の仕事を妨げる存在として認識されることもあります(当然、個人差はありますが)。

良く言えば一意専心でストイック、悪く言えば教条的で視野が狭い、ということになるでしょうか。

一方、米国ではここ10年位で「競技をすること以外もスポーツの仕事である」という認識が当たり前になってきています。以前、「スポーツが単なる競技を超える時」でも書きましたが、NBAは組織のミッション・ステートメント自体を10年前に変えてしまいました。

昨日、たまたまファンドレイジングの専門家の方と意見交換をさせて頂く機会があったのですが、やはり日米のスポーツ選手に広報や慈善活動に対する認識には違いがあるようです。総じて(プロ・学生スポーツを通じて)米国の選手の方が社会性が高く、社会貢献活動やその広報に関しても意識が高い傾向が見られるという点で意見が一致しました。

これは選手の本質に違いがあるのではなく、育つ環境に違いがあるためだと思います。

スポーツには様々な価値・力があると思います。しかし、今回の高野連の決定は、スポーツに教育的価値しか認めておらず、エンターテイメントや社会の公共財としての価値には目を向けていないように感じます。個人的には、高校野球は立派な公共財だと思いますが、優勝パレードを禁止することは、公共財としての価値を過小評価しているような気がします。公共財としての自己認識を失えば、それはもはやスポーツとすら呼べないのではないでしょうか。

“教育的価値”以外には目をつむり、スポーツの価値を限定的に捉えるのではなく、スポーツの持つ大きな価値・影響力を認め、それを積極的に伝え、その媒体としての選手に相応の責任感と行動を求める方が選手も成長するのではないでしょうか? その方が、むしろスポーツの教育的価値も上がるのではないでしょうか。

「It's not who I am underneath, but what I do that defines me」(私の存在を定義するのは、私が誰なのかではなく、私が何をするかだ)

これは、映画「Batman Bigins」の中で、レイチェルに素性を聞かれたBatmanが答えたセリフです。

人の本当の価値・評価を決めるのは、その人の社会的地位や属性ではなく、その人の行為だと思います。揚げ足を取るようで恐縮ですが、高校生が英雄になって何が問題なんでしょうか?

ツイッターでもつぶやきましたが、小学生だった僕にとって、KKコンビはヒーローであり、伝説でした。もしかしたら、僕が今こうした仕事をしている理由の1つかもしれません。

英雄に年齢制限はありません。英雄はその行為により規定されるべきであって、年齢によって決められる存在ではないでしょう。英雄に年功序列を持ち込むようにも感じられる高野連の発想には、非常に窮屈で抑圧的な感じを受けます。

スポーツの大いなる力を認め、それに伴う責任と相応の行為を選手に求めるべきでしょう。英雄扱いされた高校生中には、確かに勘違いして育ってしまう者も出るかもしれませんが、その責任を自覚して更に飛躍して行く者もいるでしょう。

管理された自由の中に身を置くだけでは、真の責任感と行動力は養われません。

米プロスポーツ界に迫る「時短」の動き

今年に入り、MLBではロブ・マンフレッド新コミッショナーが指揮を執っています。年末に、「MLB新コミッショナーの驚きの初仕事」で、BAMのCEOをMLBのビジネス全体統括に据える人事が業界を驚愕させた点をお伝えしました。これと併せて、コミッショナー肝いりのプロジェクトが、試合時間の短縮です。

「試合時間の短縮がコミッショナーの肝入り??」と思った方もいるかもしれませんが、実は試合時間は製品の質を決定づける1つの重要な要素ですから、軽視できません。エンターテイメントは客商売です。特に、エンタメの選択肢が増え、ソーシャルメディアやスマホの登場で、エンターテイメントの消費のされ方自体が大きく変わってきています(特に若い世代では)。

今の若者は1つのエンターテイメントに腰を据えて2時間も3時間もじっとしている消費形態はとりません。「ながら消費」が基本になります。そういう新しい常識から今のスポーツ観戦を捉えなおすと、まず試合時間が長すぎるのです。NYTによれば、昨シーズンの米国4大スポーツの平均試合時間は以下の通りです(延長戦は含まず)。

NFL: 3時間9分
MLB: 3時間2分(ちなみに、日本のプロ野球は3時間17分)
NHL: 2時間28分
NBA: 2時間15分

やはり、3時間を超えるMLBやNFLは、僕でも見ていて「長いなー」って思いますもん。競っている試合ならまだしも、点差がついたら飽きます(ちなみに、NYTの記事にも書いてあるように、4大スポーツで試合時間が最も短いNBAですら時短に向けて試行錯誤しています)。

MLBは昨年の秋季リーグで実験的に「ピッチ・クロック」を導入して、時短の効果を実証実験していました。具体的には、投手は走者がない場面では12秒以内、走者ありで20秒以内に投球を行わなければならない、打者は常に片足はバッターボックス内に入れておかねばならない、といったものでした。その結果、試合時間が約10分短縮されたそうです。これを受け、MLBでも今季から時短に向けた以下のような新規則が盛り込まれることになりました。

・投球練習は30秒以内(何球投げてもよい)
・打者は紹介ミュージックが消えてから20秒以内にバッターボックスに入ること
・打者がボックスに入ったら投手はすぐに投球を開始すること
・攻守交代は2分25秒以内(全国放送の場合は2分45秒以内)

しかし、10分や20分の短縮では、試合の質を大きく変えるには至らないでしょう。将来的に、9イニング制を止めるなどのドラスティックな改革案がMLBから挙がってきても僕は驚きません。それくらい危機感を持って取り組んでいるように見えます。

また、時短に向けたルール作り(ソフト)と並んで重要なのが、スタジアム(ハード)の設計です。

一世代前のスタジアムは、基本的にその競技のことが好きなコアファンを想定して施設を設計していました。そうした施設は、「試合観戦」が唯一最大の価値として設計されているため、観客席以外のアメニティが皆無で、スポーツ自体それほど好きでない女性や、30分で飽きてしまう子供たちにとって快適な施設ではありませんでした。

しかし今や、ハードが「試合観戦」しか前提にしていないと、「ながら消費」の若い世代には受け入れられません。

以前、「日米のスポーツ施設設計の大きな違い」「日本のスポーツ界にはもう少し女性的な感性が必要」などでも書きましたが、米国でこの古い価値観を転換したのは、女性の柔軟な発想でした。結果的に顧客を広く定義し、快適性の高いスタジアムがたくさん誕生して行くことになります。今では、スタジアム内にレストランやラウンジ、小さな子供用野球場、打撃練習ゲージ、喫茶店、散髪屋などがあり、ゲームセンターが設置されている球場もあります。

「野球場に来て野球のテレビゲームをするなど邪道」と切って捨てるのは簡単ですが(こう考えるのは40歳代以上の層でしょう。僕もここです)、これは若者の新しい観戦形態に配慮した結果なのです。経営者としては、今収益を産み出しているコアファン層を相手にするのは優先度の高い仕事ですが、将来の収益を生み出す若い顧客を増やすのは重要度の高い仕事です。

この優先度と重要度のバランスを考え、「守る」部分と「壊す」部分を上手くブレンドして行くのが肝要でしょう。僕もいろいろな球団に行って経営者と話をする機会がありますが、このバランスは球団がフランチャイズを置く市場の特性や競合状況、ファンの特質などによって変わってくるもので、正解はありません。ただ、1つ言えることは、「壊す」勇気を持たないと、ファン基盤が少しずつ縮小して行くということです。

ソフトとハードの両面から、若い世代に魅力的と捉えてもらえる製品を創り上げて行く、その努力の一面が「時短」なのです。

大勝し過ぎて出場停止処分?

Twitterでもつぶやきましたが、先日、カリフォルニア州の高校バスケ(女子)の試合で161対2というスコアで大勝した監督が、所属学区から「Unsportmanlike Conduct」(スポーツマンらしくない行為)により2試合の出場停止処分を受けるという“事件”が起こりました。この件については、いろいろ考えさせられることがあり、ブログにも書いてみようと思います。

この「Unsportmanlike Conduct」ですが、日本ではあまり聞きなれない罰則かもしれませんが、米国では様々な競技でよく見受けられるものです。多くは、試合中の選手やコーチによる暴言や相手の選手を殴るなどの行き過ぎた暴力行為を対象とするもので、具体的なペナルティーとしては、バスケならフリースロー、フットボールなら罰退など、試合中に相手に有利になるように実務的に適用されるケースが多いです。また、行き過ぎると今回のように個人が出場停止処分を受けることもあります。

今回珍しいのは、大差で勝ち過ぎたことが「スポーツマンらしくない」と判断された点です。状況をもう少し詳しく調べてみると、前半終了時点で104対1という大差がついており、この時点で既に「やりすぎだ」と判断されていたようです。100点以上も差がつくのは、大学生と小学生が試合をしているようなものでしょうが、この高校は点差がついてもフルコートプレスを止めなかったようです。後半はレギュラー陣は下げ、第4Qからは時計も止めずに流すように審判に要請したそうですが、“時すでに遅しでした。

日本的な表現で言えば「相手に恥をかかせた」という感じでしょうか。

面白いのは、プロレベルだと日米で似たようなことが見受けられる一方、アマチュアではむしろ価値観が正反対と思える点です。

例えば、プロ野球なら日本でもMLBでも点差が開きすぎた際には、勝っている方は塁に出ても盗塁をしないとか、必要以上に相手の顔に泥を塗らない配慮をします。この「Unwritten Rule」(不文律)に反すると、後で報復の死球を受けるなどやり返されることになります。

これは恐らくはお互い不要な「遺恨」を残さないための大人の知恵なのではないかと感じます。プロでやっている以上、お互いプレーに生活がかかっていますから、変な遺恨を残して後から「こいつにだけは絶対に負けない」と怨念を持たれても得することはありません。

しかし、逆にアマチュアレベルでは、日米の取り組みは正反対のようにも見えます。日本では、「手を抜かずに最後までやるのが礼儀」という価値観がある程度共有されているように感じます。だから、負けていても、途中から相手の二軍に相手をされて適当にあしらわれるよりは、一軍にコテンパンに負ける方が美徳とされるような文化がありますよね。僕は小学校から高校まで野球をやっていましたが、そんな雰囲気でした。

で、この違いはどこから来るんだろうと考えてみたのですが、まず最初に頭に浮かんだのは、アマチュアレベルでは「スポーツをする目的」が日米で違うのではないか、という仮説です。目的が異なれば、同じ行為に対して評価が分かれるのは納得できます。

日本では、スポーツは「教育」を目的とされるため、「ルールを守ること」が大事とされ、これが美徳になる文化が根付いた。それに対して、米国ではスポーツは「競争」と「娯楽」を目的とするため、「競い合って楽しむこと」が大事とされる。

「ルールを守る」ことが最優先と認識されているなら、「最後まで手を抜かずに相手をする」「胸を借りて大敗する」という行為が美化されることも、もっと言えば、灼熱の太陽の下で何時間も試合をしたり、体を壊すのも厭わずに連投したりする行為をやめないのも合理的に説明できますね(笑)。

こんなことをFacebookで書いてみたら、アジアや欧米でアイスホッケーのコーチをしている知人より、別の角度から面白い指摘を頂きました。彼によると、アマチュアスポーツのリーグが、日本では欧米のように実力に応じて階層化されて組織・運営されていないのも背景の1つなのではないかということでした。

欧米では、アマチュアでもマイナーリーグのように実力に応じたリーグが階層的に組織されているので、そもそも実力差がありすぎるチームが同じ土俵で戦うミスマッチが少ない(「ミスマッチの美化」を必要とする土壌がそもそもない)のだそうです。だから、今回のように点差が付きすぎると問題視される。逆に、日本では、高校野球が象徴的ですが「無差別級一発勝負」が多いので、ミスマッチが多発するのが普通で、それを誰も変だと思わない。

だから、今回のケースでは、出場停止処分になった監督とは別に、実力差がありすぎるリーグ構成や参加資格も議論されるのではないかと、その友人は言っていました。

なるほど、興味深い指摘だと思います。僕は育成方面は明るくないので、そのような発想は思いつきもしませんでした。

日本で階層化された育成環境が整備されないのは、日本に根強い平等意識からくるものなのでしょうかね?以前、「スポーツ界の発展を(も)阻む?日本の悪しき平等主義」でも書きましたが、日本は「結果平等」主義が強く、最近では運動会でも手をつないで皆一緒にゴールするという話も耳にします。こうした発想が、小さい時に能力で機会を区別することを良しとしないのかもしれません。スポーツが「教育」の手段として認識されているのなら、なおさらでしょう。

2015年米国スポーツ界のトレンド予測

昨年一昨年に続き、米国スポーツビジネス界で今年話題になりそうなトレンドや大きな岐路をむかえそうなトピックを勝手に予測してしまおうと思います。

■学生アスリートの労働者性の判断
まず、大きな話題になるのが確実なのが、学生アスリートの労働者性の判断です。つまり、学生選手はプレーの対価としての報酬を得ることができるのかどうか、です。

日経ビジネスでも「アメリカ大学スポーツの終わりの始まりか?」などで書きましたが、ノースウエスタン大学フットボール部員の訴えにより、昨年3月にNLRBが「奨学金を得ている学生選手は労働者として認められる」という判断を下しています。現在、大学側が異議申し立てを行っており、この審査が再開されるはずです(現在はフットボールシーズン中なので中断中)。

仮に、NLRBが意義申立で最初の判断を下したシカゴ支部の見解を支持した場合、学生が労働組合を設立することが可能になります(ただし、私立大学のみが対象)。昨年、例のオバンノン訴訟では「学生アマチュア規定は違法」としてNCAAが一部敗訴しており、学生の労働者性が認められた場合、米国の学生ビジネスのモデルが大きく変わる節目になるかもしれません。

■スタジアムへのクラウドビジネスの活用
最近ちらほら日本でもコラムなどで紹介され始めましたが、ITベンダーがスタジアムビジネスへの本格進出を始めています。まだ構想段階で本格的なサービスが展開されているスタジアムは数えるほどしかない状況ですが、インフラ投資は昨年あたりから本格的に始まっており、例えばMLBなどはリーグ主導で全スタジアムへの無料WiFiの敷設を開始したりしています。

もともと、こうしたITベンダーは競技サイドで選手の動きのトラッキングなどスカウティングデータの分析領域から参入するケースが多かったのですが、それがクラウドビジネスの浸透を機に、ビジネスサイド(顧客エンゲージメント)にも積極的に参入し始めたのがここ数年でしょうか。インフラの整備に伴い、今年くらいからB2C(顧客サービス)とB2B(業務用)両面から、その上に乗っかるソフトの充実が図られていくものと思いますので、注目の領域です。

ただ、単に技術があれば顧客が活用するという単純なものではない(顧客目線でのサービス開発が必須)点や、既に球団が行っている顧客管理とスタジアム側での顧客管理をどう統合するかなど、課題もあります。また、日米とも大部分のスタジアムは自治体が所有していますが、ビジネスマインドの有無においてそのスタンスが大きく異なるので、その辺りが日本での課題になりそうです。

■チケット再販市場の統合
これは、今僕が手掛けているダイナミックプライシングの案件とも関連するのですが、日経ビジネスでも書きましたが、スポーツビジネスの事業特性(売り物である「試合」の質=勝敗を完全にコントロールできない)やその伝統的な値付け手法(試合日の相当前から値付けを行う必要がある)から、どうしても価格と売り物にミスマッチが生じてしまいがちです。

これが再販市場が生まれる大きな背景で、米国では優秀な人材が球団側で働くのではなく、再販市場でどんどん起業しているという現実もあります(その方が儲かるから)。で、これに対して球団側が危機感を募らせており、ダイナミックプライシングの導入もその1つのソリューションであるわけですが、再販市場自体を根絶することは不可能です。

ここ数年、球団と再販市場との間で綱引きがずっと行われている訳ですが、今後、より球団自体が再販市場をコントロールする方向に業界がシフトしていくことになると思います。既に球団側に立つTicketmasterなどは、一次市場と再販市場を統合して、同じチケット購入画面に球団が販売するチケットと再販されているチケットを同時に表示するサービスをNBAやNHLなどに展開しています。球団と再販業者のドンパチは今後も続いて行くものと思われますが、より球団が知恵を絞って逆襲に転じて行くように感じます。

■メディア収入の更なる増大
昨年、米国ではMLBの放映権料が2倍になり、NBAの放映権料が3倍になるいう景気の良いニュースを耳にするようになりました。これにはいくつかの要因があるのですが、本質的には、まだ日本では経験されていないような大きな地殻変動が米国メディア界で起きているためです。

端的に言えば、テレビコンテンツの録画視聴やネット配信が当たり前になった結果テレビを生で見る人が減ってきており、テレビCMの広告価値が低下してきています。この流れにあって、スポーツが将来的に唯一生で視聴され続けるコンテンツになると考えられており、相対的なCM価値がグングン上昇しているのです(この辺りの肌感覚や米国企業の投資への積極姿勢は、多分日本に住んでいると分からないと思います。まあ、日本がアメリカと同じような道を辿るかどうかは分かりませんが、気になる人は現地を視察してみることをお勧めします)。

年末にブログでも書きましたが、MLBは新コミッショナーがネット事業のトップにMLBビジネスの統括を任せる人事を断行しています。メディア環境の変質が、図らずもスポーツに新たな成長領域を与えることになりました。今後、米国スポーツ界では更にメディア収入が伸びて行くことになるでしょう。ただし、日本とは前提になる環境が違いますから、何をどこまで参考にするのかはきちんと考えなければいけませんが。

■スポーツ賭博合法化
この分野、年末にびっくりするような動きがありました。

この分野では、ここでも書きましたが、財政赤字で苦しむNJ州がスポーツ賭博を合法化する法案を制定し、それに対して4大スポーツやNCAAが差し止めを求めていました。結局、昨年11月にこの差し止め請求が認められ、NJ州の法案は没になったのですが、この直後、NBAコミッショナーがスポーツ賭博を合法化する道をNJ州と共同歩調で探っていく方針を明らかにしたのです。

米国では、PASPAという連邦法があって、スポーツ賭博は4つの州だけに限定しているのですが、実際には水面下で多くのお金が動いています。スポーツ組織は、その高潔性を守るために「建前」として賭博を容認しない姿勢を取りますが、それにより事業収入を失っているという「現実」もあるわけです。

ここにきて、4大スポーツの足並みに乱れが生じたのは、この「建前」と「現実」の乖離を考えると、必然(時間の問題)だったのかもしれません。

■女性ファンマーケティングの強化
スポーツファンの半分弱は女性ですが、女性を対象にしたマーケティング活動がこれまであまり積極的に行われてこなかった経緯があります。マーケティング活動に限らず、これまでスポーツビジネス界は明らかに女性的な感性が欠けている領域でした。しかし、ここでも書いたように、女性的な感性が現状にブレイクスルーをもたらしたりします。

ようやくここ2〜3年で、特にマーチャンダイズの領域で女性を意識した商品開発が積極的に行われるようになってきましたが、今年は他の事業領域へも積極的な女性マーケティングが展開されていくのではないかと思います。また、同時に女性の幹部職への登用も進んでいくのではないでしょうか。

R.I.P Stuart Scott

大学院留学のためにアメリカに渡った15年前、米国スポーツ界のことをほとんど全く知らなかった僕は、大学院の先生や同級生から「とにかくESPNのSports Centerを見ろ」と言われたものでした。その中でも、特に異色で、言葉の分からなかった自分でも見ていて面白いな、と感じたキャスターがChris BermanとStuart Scottでした。もうこの二人は、僕の中ではほとんどESPNと同義語に近い存在でした。

そのStuart Scottが昨日未明、亡くなりました。癌だったそうです。そういえば、「最近あまり姿を見かけないな」と思っていたのですが、このような形で近況を知るとは、残念でなりません。49歳だったそうです。


昨日はNFLのプレーオフがCBSとFOXで放映されていましたが、他局にも関わらず、Stuart Scottが亡くなったニュースを試合中に大きく報じていました。それほどに業界に大きな影響を与えた存在でした。

今では24時間スポーツ専門ケーブルテレビ局も当たり前の存在になっているので実感がわかないかもしれませんが、ESPNは業界リーダーでありながら、革新的な企業であり続けています。ESPNが設立された1979年は、ケーブルテレビの普及率も20%程で、その広告収入は全体の1%にも満たない状況でした。設立当時、ESPNが成功すると思っている人は多くはありませんでした。

以前、日経ビジネスでも書きましたが、ESPNのベンチャー・スピリットは今でも組織のDNAとして生き続けており、明確にミッション・ステートメントとして明文化されています。
 

我々のミッション:スポーツが観られ、聞かれ、語られ、プレーされ、読まれる全ての場所にいるファンに仕える

ESPNは、箱や金庫の中に隠されたり、一部のマニアックなスポーツファンにだけ保有されるブランドではない。このボールのように、あなたによって所有され、いつでもあなたの手の中にあるものだ。これは大いなる責任の伴うことである。ファンと触れ合い、ファンに仕える際は特に以下に注意されたい

  • 伝えるのではなく共に語れ
  • ファンの知識に敬意を払え
  • 内部に誘い、「次は何か」を示せ
  • スポーツに対する内なる情熱を捉え、比類なき声として提示しろ。我々はスポーツを真摯に受け止める人間の集まりである
  • 驚かせ、もてなし、常に話のネタを提供しろ

我々のブランドは、ファンの感じ方そのものである。ESPNという4文字を見た時にファンが何を感じるだろうか。愛か?憎悪か?信頼か? 我々と時を共にしたいと思うだろうか?それがテレビ番組であれ、映画であれ、CMであれ、サービスであれ、プレスリリースであれ、我々の作り出すもの全てはファンの我々に対する見方に影響する


Stuart Scottと言えば、「Boo Yah」のフレーズで有名ですが、こうしたスラングに近い言葉づかいをニュースキャスターというお堅い仕事に許してしまうところが、ESPNの業界イノベーターたる所以でしょう。お蔭で僕もすっかりESPNのファンになってしまったわけですし。

以下は、昨年7月同氏がESPYのJimmy V Preservance Awardを受賞した際の映像です。約15分と、少し長い映像ですが、前半部分は彼の闘病生活や現役時代の仕事ぶりが紹介されています。後半(6分45秒くらいから)は、彼の受賞スピーチです。既に末期で立っているのもやっとだったそうですが、感動的なスピーチです。

R.I.P Stuart Scott

謹賀新年

皆さま、明けましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いします。

ずるずると?在米15年が経ち、2015年1月1日でトランスインサイト株式会社も10年目に突入しました。不安ばかりが先立ち、文字通り清水の舞台から飛び降りる気持ちだった会社設立時を思うと、この10年と言う歳月は奇跡の様に思えます。会社設立当初は、とにかく目先のことを考えるので精一杯で(まあ、程度の差こそあれ、それは今でもそうなのですが)、10年先の未来まで思いを馳せる余裕と想像力が自分にはありませんでした。

この間、米国で何とかサバイブでき、迷うことなく仕事にまい進することができたのは、これまで弊社を支えて下さったお客様、志を同じくする仲間・諸先輩方、そしてこんな頼りない自分のところに飛び込んで来てくれたスタッフ・インターン諸君らのお蔭です。心より感謝致します。

27歳の時に会社を辞めて米国に留学し、32歳の時に今の会社を起業したわけですが、それまで諸先輩方に甘えてばかりいた自分が本当の意味で自分の足で人生に立ち、社会と対峙し、自分自身の人生を歩み始めたのが9年前だったような気がします。歩みは遅々としていましたが、自分なりに試行錯誤し、志を持つことの重要さ、未知なる未来に希望を持つことの楽しさや大切さ、人の情けの有難さを
仕事を通じて感じることができました。

また、生きることの意味を自分なりに考え続けた時間でもありました。幸福と不安は表裏一体であること、他人との比較では本当の幸せは得られないこと、損得よりも直感を大切にすべきだということ、自由を手にするためには強さが必要であることなど、自分なりの人生訓を身を持って学ぶことができました。


手前味噌な話になるかもしれませんが、今振り返れば、特に取り柄のない自分のような人間が15年アメリカでサバイブでき、自ら起業した会社が10周年に突入する幸運に恵まれたのは、「自分が何者であるかを明らかにし、フィールド(専門性)を限定すること」を大切にしてきたことが結果的に功を奏したのだと感じます。起業して10年経った今、本当にそう思います。

そもそも自分のできることなど限られていますし、「何でもやります(できます)」と言うのは「何にもできません」と言っているに等しいわけですから、自分のやらない領域を明確にしました。例えば、「スポーツビジネス」といってもそのフィールドは多岐に渡りますが、僕は「米国スポーツ経営の専門家」でかつ「日本のリーグ・球団経営のアドバイザー」という立ち位置を明確にするために、インプットする情報は「米国スポーツ」に、対象業務領域は球団経営でも「ビジネスサイド」に特化するように努めました。

ですから、例えばヨーロッパのサッカーの話とか、球団経営でも強化サイドの話(セイバーメトリクスなど)は情報発信は控え、ブログなどでも意図的にあまり書かないようにしてきました。

また、これは表からは見えない部分かもしれませんが、非力な弊社が
ニッチなブルーオーシャン市場に留まれるように、事業形態においても初期投資が不要で競争力の源泉を自ら保有でき、規模の経済が効きにくく(体力勝負にならない)、価格競争に陥らないなどの条件を設定して「やらない事業領域」を定めています。例えば、選手のエージェントや広告代理などの代理業務は基本的に一切行わないポリシーです。

また、僕は「カネになるなら何でもやる(志を捨てて収益を最大化する)」のではなく、事業間の利害相反をなくし、志の範囲内で収益を最大化するアプローチを重視しています。当然、会社経営はボランティアではありませんから、収益を生むことは必須なのですが、時に「カネ」と「志」どちらを取るのか、という選択を迫られることもあります。

例えば、このインタビューでも答えましたが、トランスインサイトを起業した理由の一つが、前職時代に業務間で利害相反があったためでした。僕はコンサル業務を通じて日本のスポーツ界のお役に立ちたいと考えていた一方で、元高校球児としてはエージェントの仕事を垣間見れるのは楽しかったのですが、損得感情を捨てて自分が進むべき道に進もう、都合の良い付和雷同な自分を改めて
自分らしい決断を下そうと決意し、再度起業する道を選びました。そして、「手に入れること」は「捨てること」と同義なのだと気づきました。

今では、お蔭様でコンサル業務を通じて日本のプロ野球球団とも深い関係を築くことができるようになりました。代理人業務を続けていたら、ここまで突っ込んだ関係は築けていなかったと思います。「捨てる勇気」を持ち、「自分が何者なのか」を見失わずにやってこられたことで、苦労もありましたが、それを上回る大きなやりがいを感じることができるようになりました。
最近では、アメリカの会社からも相談事が舞い込むようになりました。

僕もそろそろ人生の折り返し地点に差し掛かった頃だと思います。ここ数年は、優秀な若手との出会いが増えたこともあり、自分の成長だけでなく(いや、むしろそれよりも)、若手の成長を後押ししてあげることにも楽しみを感じられるようになりました。僕の経験など取るに足りないものですが、それでも頼ってくれる方、必要と感じてくれる方がいる限りは、お役に立ちたいと思います。

長くなりましたが、2015年もどうぞよろしくお願いします。
今年も、まだ見ぬ同志に会えることを楽しみにしています。

Trans Insight Corporation
President
鈴木友也







 

MLB新コミッショナーの驚きの初仕事

ご存知の方も多いと思いますが、現MLBコミッショナーのアラン・“バド”・セリグ氏は今年いっぱいで退任し、来年1月よりロブ・マンフレッド氏が新コミッショナーに就任します。既に水面下では実質的にマンフレッド氏がトップとしてリーダーシップを発揮しているようですが、その初仕事の内容を知ってとても驚きました。
 
これは既にSBJなどいくつもの専門誌が報じているものですが、現状のビジネス環境に合わせて大きな組織改編を行うというものです。中でも象徴的な人事は、これまで15年近くMLBのビジネス部門のトップとして手腕を発揮したティム・ブロズナン氏に代えて、MLBのネット事業を統括するMLBAMのトップであるボブ・ボウマン氏を据えるというものです。  

これは、業界を知る人にとっては衝撃的な人事です。なぜか?  

MLBにはMLBAM以外にも、MLB PropertiesやMLB Enterprisesなどいくつもの関連会社があるのですが、その中にあってMLBAMは異色の存在です。これは、日本でもネット企業のカルチャーが他の伝統的企業とは異なるのに似ていて、良く言えば若くて自由闊達な、悪く言えば強烈なエゴを持った尖った人材が集まって出来ている会社です。

多くの関連会社がMLB本部のあるミッドタウンのパークアベニューに身を寄せているのに、MLBAMだけ「シリコンアレー」とも呼ばれGoogleなどがオフィスを置くチェルシー地区にあるのもこのためかもしれません。社員も若くイケイケな感じです。リーグ機構の職員は皆スーツでビシッと決めていますが、BAMのオフィスに行っても皆カジュアルで、スーツを着ている人を探すのは大変です。

これは日本でも同じだと思いますが、ネット企業の若手起業家が大企業の経営者から距離を置かれるような感覚でしょうか。だから、BAMはMLB内でも敵が多く、その存在を疎ましく思っている人も少なくなかったのです。しかし、設立から10年で、全国放送の放映権料に匹敵する7億ドル(約840億円)以上の市場を創り上げたMLBAMには、誰も表だって文句を言えなかったわけです。

普通に考えれば、テレビとネットを統合して、メディアとしてシナジーを考えながらビジネス戦略を練っていくのが常識なのでしょうが、実はMLBではテレビ放映権とネット事業権がこれまで統合管理されていませんでした。テレビはMLB本体(ブロズナン氏管轄)、ネットはBAM(ボウマン氏管轄)でバラバラにビジネスが展開されていました。

ただ、BAMがMLB本体(正確にはMLB Properties)に気兼ねなく強力にネットビジネスを推進することができた背景には、「テレビとインターネットビジネスはカニバライズしない(食い合わない)」というコンセンサスが米国スポーツ界では既に確立されている点は指摘しておくべきでしょう。

で、この度、マンフレッド新コミッショナーが誕生と共に断行したのが、テレビ事業とネット事業の統合でした。そして、そのトップに据えられたのがネット事業のトップだったボウマン氏だったというわけです。

これは、見方を変えれば、オールドビジネスからニュービジネスへの新陳代謝を行ったということです。この人事により、ブロズナン氏はMLBから去らざるを得なくなりました。この辺りは非情にも見えますが、コミッショナーの職務はMLBの最高経営責任者(CEO)として、その事業価値を高めることです(これはメジャーリーグ協約に明言されています)。これはコミッショナーにしかできない仕事でしょう。

MLBは今季過去最高の90億ドルの売上を予測し、現在の為替ベースでは、初めて1兆円の大台に乗せたことになりました。20年前のMLBでは、ちょうどストが起こって売上が12億ドルに減じた年でした。20年で7.5倍の計算ですが、この間収益源別に売上構成を分析してみると、中でも大きく収益を伸ばしているのがテレビとネットです。

ボウマン氏がMLBビジネスのトップになることで、今後MLBは更にメディア企業としての性格を強め、収益を伸ばしていくものと思われます。その布石は打たれました。米国スポーツビジネスの成長を支えている一端は、こうしたダイナミズムなんだなぁということを改めて実感した次第です。

プロモーション

「プロモーション」と言っても、「宣伝広告」の方ではありません。人事での「昇進」のことも、英語では「プロモーション」と言います。「He's got promoted」(あいつ、昇進したよ)なんていう風に使います。  

何でいきなりそんな話をしたかと言うと、毎年この時期には日米のお客様やお世話になった方々に年賀状も兼ねてグリーティングカードをお送りします。かなり大量の数を送るので、名簿の更新が結構大変なんですけど、日米スポーツ界で転職の有無とか肩書の変化を見ていると、面白い違いが分かります。

まあ、イメージ通りなんですけど、転職はアメリカのスポーツ界の方が圧倒的に多いです。特に営業職は、競技に関係なくバンバン転職して行きます。バスケから野球とか、野球からサッカーとか普通にありますね。

ただ、地域はあまり変わらない人の方が多いでしょうか。ニューヨークにいる人はニューヨーク近辺で、サンフランシスコの人ならベイエリア近辺で動いて行きます。営業は、コネクションが重要ですから、地域が変わるとその資産が生かされないからでしょうかね。まあ、家庭などあれば、やはり引っ越しを伴う転職はハードルが高いんでしょう。  

一方、広報とかコミュニティー活動など、組織での蓄積が仕事の質に差を生むようなポジションの人はあまり転職しないようです。  

あと、これもアメリカの特徴ですけど、若くても出来る奴はどんどん昇進して行きます。30代前半でチームやリーグのVice President(日本だと部長職くらいの役職。アメリカの組織ではVPがたくさんいます)になって行くのもあまり珍しくないですね。できる奴はどんどん上から引っ張られて行くか、別組織から引く抜かれていきます。  

そもそもアメリカでは採用する時に年齢を聞くだけで違法行為になるので、年功序列という考え方自体がありません。実力主義で極めて分かりやすいです。  

日本の場合は、転職は珍しくなくなってきましたが、競技を超える例は多くないです。野球界は野球界で、サッカー界はサッカー界の中で人材が回っているケースが多いような気がします。これは、別の機会に書いてみたいテーマですが、日本では転職だけに限らず、スポーツ界のあらゆる面で競技の壁が非常に厚いです。  

あとは、基本的に年功序列が多いので(この辺りは親会社のカルチャーが大きく影響するようです)、組織内の序列が数年で大きく変わるような人事は少ないようです。あとは、部署間の異動も結構多いですかね(いわゆるゼネラリスト育成型人事)。アメリカでは、例えば、法人営業は基本的にずっと法人営業、チケット営業はずっとチケット営業と言うように、スペシャリスト育成型人事が基本です。

3つ目の違いは、営業職(法人営業+チケット販売スタッフ)の数でしょうか。アメリカのメジャースポーツ球団では、だいたい職員数は100〜200人程度なのですが、そのうち1/3から多い所では全職員の半分くらいが営業職です。これに比べて日本では営業職の数が圧倒的に少ないです。二桁行かない球団の方が多いのではないでしょうか。

この違いの生み出す背景は、1つはアメリカが営業文化であるのに対して、日本は運営文化が強いため。もう1つは、人事制度の違いからだと思います。日本では、一度職員を採用すると基本的に解雇できませんが、アメリカは比較的簡単に解雇することが可能です。

ですから、例えば最近だとチケット販売ではシーズン席を売るのが厳しくなった分、グループ営業やプレミアム営業にシフトしているのですが、そのための特別営業部隊をすぐに組織して戦力化してしまいます。こうした試みは、基本的に「最低賃金+インセンティブ」という、球団が極力リスクを負わない形で行われ、失敗しても「スクラップすればいいや」という発想です。日本ではこれができません。

ただ、アメリカでは営業職が数字で厳しく業績を管理されるので、結構すり減って行くスタッフも多いようです。日本では昔から当たり前にやっているチームワークの価値を強調したり、ゲーム感覚でチーム全体を盛り上げていくような取り組みが改めて注目されていたりするのは面白い所です。

とはいえ、自分と同じ歳位とか年下のスタッフがバンバン出世して行くのをみるのは、気持ちが良いし、刺激になります。

珍しい払い戻し

先週、アメリカ全土が寒波に襲われ、NY州の北部を含む東北部一体に歴史的な大雪が降りました。NY州でも、カナダとの国境に近いバッファローなどは、一晩で7フィート(約2m10cm)の積雪があったそうです。家や車が雪に埋もれたと大きなニュースになっていました(ちなみに、マンハッタンは降雪もなく、全く大丈夫です)。

で、この雪の影響で日曜日(つまり、昨日)バッファローで予定されていたビルズ対NYジェッツの試合が延期になりました。ビルズは屋外型スタジアムを使っているのですが、2mも雪がふったら雪かきどころの騒ぎではありません。振り替え試合は、今日(月曜日)バッファローから約400km離れたデトロイトで、ライオンズのスタジアムを借りて開催されることになりました。

通常、米国では荒天などによる試合中止の場合(野球が多いです)、チケット料金の払い戻しは行われません。これを日本のスポーツ界の人に話すと一様に驚かれるのですが(日本では雨天中止などの場合、その都度払い戻しを行う)、その試合の存在が物理的に消滅しない限り、払い戻しは行いません。

チケット購入サイトやチケットの裏面などをよく見ると、「試合開始日時は変更になる可能性がある」と必ず記載されています。チケット購入者は、この条件を飲んでチケット購入契約を結んだと解釈されるので、試合がある限り払い戻しは行われないんですね。

ただ、今回のビルズのケースでは事情が違いました。例外的に払い戻しが認められたんですね。要は、何もかも雪に埋まって試合観戦どころではない、という地元の状況に配慮したんだと思います(ちなみに、米国東海岸は今日は一気に最高気温が20度近くまで上がり、バッファローは今度は洪水の危機に晒されています)。

どういう整理になったかと言うと、

・中止になった試合のチケット保有者には優先的に代替試合のチケットを配布
 →ただ、状況的に来られる人は少ない
・残りは、ビルズ・ライオンズ(対戦相手のジェッツではない)のシーズン席保有者に優先的に無料チケットを配布
・更に残りを一般ファンに向けて無料販売

って流れになりました。一般販売のチケットはあっという間に売り切れたそうです。非常に珍しいケースですね。

【関連情報】

Qcueという名の変な企業

日経ビジネスオンラインに最新コラムがアップされました。

今回はチケット価格を最適化するダイナミックプライシングについて書いてみました。もともとスポーツ界ではシーズン開幕前に全てのチケットに値付けをしなければいけないという商慣行が当たり前だったわけですが、冷静に考えると試合の「価値」は様々な要因(自軍の成績、対戦相手、先発選手、天気などいろいろ)によって変化します。つまり、価値の変化するものに一律の価格をつけていたわけです。 

このミスマッチを解消するのが、今回ご紹介するダイナミックプライシングです。

まあ、詳細はお手すきの際にでもコラムをご覧頂くとして、コラムでも取り上げているQcue(キューキュー)という会社がとても面白い会社なのです。まず名前からして変ですよね(笑)。この手の会社の本社がテキサスにあるってうのも、ちょっと変。

CEOのバリーも営業担当副社長のティムも若くて、既存の常識・枠組みには捉われない柔軟性や勢いがあります。「こいつらスゲェな」って感じます。大部分の経営陣は30代でしょう。でも、あのファスト・カンパニー誌が選んだ「最も革新的な50社」(2013年)にランクインしちゃったりもしてます(全体で49位、スポーツ界ではナイキ、NBAに次いで3番目)。

周りに流されずに、自分の信じた道を突き進む。ベンチャーの鑑みたいな企業です。もちろん、24時間365日仕事しています。やはり、アメリカのダイナミズムを作り出しているのは、こうした若くて勢いのある企業なんだなー、と変に感心してしまいました。日本にもこうした企業が増えてこないといけませんね。

ダイナミックプライシングが日本に根付くかは今後の頑張り次第ですが(個人的には本当に良いサービスだと思っています)、こうした勢いのある会社と一緒に事業を創り上げて行く機会を頂けて、仕事冥利に尽きる思いです。

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■米スポーツ界に革命を起こしたダイナミックプライシング(上)
 〜革新的な値付け手法の誤解と真実

今日は、スポーツ観戦チケットの値付けの話をしようと思います。突然ですが、皆さんは「ダイナミックプライシング」(Dynamic Pricing)という言葉を聞いたことはありますか? レベニューマネジメント(顧客の購入意欲に応じて商品・サービスの価格と割当量を変えることで収益の最大化を図る)の考え方をスポーツ界に応用した値付け手法です。   

これまで、スポーツ観戦チケットの値付けはシーズン開始前に行われるのが普通でした。例えば、野球なら4月から10月頃まで開催されるシーズンに備えて、開幕前にホームゲーム全試合(MLBなら81試合)の値段を決めていました。多くは、座る座席の場所(席種)に応じて価格帯を変えて値付けを行います。フィールドに近い席ほど値段が高くなり、この値付けが全試合一律に適用されることになります。   

恐らく、これが一般的にイメージされるチケットの値付け方法でしょう。しかし、半年以上も前に試合の「本当の価値」を正確に予測するのは簡単ではありません。いや、事実上不可能と言ってもいいくらいです。なぜなら、「本当の価値」を決める要素は多岐にわたる上、事前予測が困難なものが多いからです。   

「自チームの成績」や「対戦相手の成績」は、試合の価値を決める代表的な要素の1つです。消化試合なのか、優勝を決める試合なのかで、その試合の持つ重みは大きく異なってしまいます。でも、これはシーズンが深まるまで誰にも予想できません。また、野球なら、「誰が先発するのか」(エースが投げるのかどうか)、「天気はどうなのか」(暖かいのか、寒いのか)、「何か大きな記録がかかっているのか」(通算200勝や2000本安打など)などによって、チケット購入者が実際に感じる価値は変動します。   

つまり、「価格は一律」がこれまでの業界スタンダードだったのに対して、「その価値は変動する」のが現実に起こっていたことでした。要は、価値が変動するものをずっと同じ値段で売っていたわけです。いや、同じ値段で売らざるを得なかった、と言った方が正確かもしれません。理由は2つあります。

(続きはこちら
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