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流行する屋外ゲーム(続報)

先日、「屋外ゲームがちょっとした流行に」にて屋内スポーツが野外で試合を行うことがちょっとした流行になっていることをお伝えしました。

先週末に米国テニスの聖地=アーサー・アッシュで実施されたWNBAのNYリバティー対インディアナ・フィーバーの試合には、1万9393名の観客が足を運びました。アーサー・アッシュの収容人数は2万2000名ですから、ほぼ満員ですね。NYリバティーの平均観客動員数が約9000名弱ですから、普段の倍の観客が足を運んだことになります。

単に屋外の試合会場を借りる一方だと、せっかくチケット収入を増やしても、付加的なコストで利益が圧縮されてしまうので、ちょうどNBA(WNBA)とテニス協会が行っているように、双方がお互いの施設を利用し合うバーター取引にした方が効率的ですね。しかし、アーサー・アッシュとMSGは、それぞれテニスとバスケの聖地としてのブランドがあるので、非常に面白い組み合わせです。

ところで、NHLが今年に続き、来年の元旦にも再度屋外試合を開催することを正式に発表しました。今年の元旦の試合は、NFLバファロー・ビルズのホームスタジアム=ラルフ・ウィルソン・スタジアムで実施されたのですが、来年元旦の試合は、なんとMLBシカゴ・カブスの本拠地=リグレー・フィールドで開催されるようです。対戦カードは、今年のスタンレーカップ覇者デトロイト・デッドウィングス対シカゴ・ブラックホークス。

伝統あるリグレーでNHLの試合を観ることができるなんて、想像すらできませんでした。無理やり例えれば、甲子園球場でアイスホッケーのアジアリーグの試合を行うようなものでしょうか。

【関連情報】
Winter Classic II: Red Wings vs. Blackhawks at Wrigley(USA Today)

屋外ゲームがちょっとした流行に

最近、屋内スポーツを屋外で開催するのがちょっとした流行りになっています。このトレンドを作り出したのが、NHLで、今年の元旦にレギュラーシーズンゲームを屋外で開催しました。試合には、小雪が舞う中7万人以上の観客が足を運んだそうです。NHLの1試合の平均観客は約1万7000くらいですから、これは凄いことです。

NHLの屋外試合については、「インディアンズの新川くん」で紹介した新川君のブログでも紹介されているので、そちらをご参照下さい。

NHLの人気にあやかったのか、WNBAも今週末にレギュラーシーズンゲームを屋外で初めて開催します。場所は、テニスの「USオープン」などが開催されることで有名な、アーサー・アッシュ・スタジアムです。WNBAは平均観客で言うと8000名くらいのマイナーリーグですが、約2万2000名収容のアーサー・アッシュにどのくらいの観客を呼び込むのか注目したいですね。

テニスとバスケットボールは観客動員数やコートの広さが似通っているのかもしれません。新川くんのブログによれば、MSGでテニスのエクシビション・マッチも開催されたようです。

このように、ゲームの開催場所に工夫を凝らしてみることで、ファンに新たな観戦体験を提供できるかもしれません。

【関連情報】
Penguins, Sabres to play outdoor game on New Year's Day(Yahoo! Sports)

スポーツ組織経営幹部の気にするトピック

昨夜、DCからNYに戻りました。

DCのカンファレンスには、球団やスタジアム運営会社、デベロッパー、スポンサー企業、マーケティング会社、弁護士事務所などから、社長〜VPレベルの経営幹部の姿が多かったのですが、セッションや休憩中の雑談なので共通して出てきた話題としては、以下のようなものがありました。

・景気後退の影響
・原油(ガソリン価格)高の影響
・NFLの労使協定(リーグのOPT-OUT)

まあ、景気の話は挨拶みたいなものなのかもしれませんが、やはり多くの経営幹部がNFLの労使協定の行方に興味を持っているようでした。

以前、「“カムデニゼーション”のルーツ」でも書いたように、こちらでは、スタジアムのハード面のトレンドは出尽くした感があり、セッションの内容もスタジアムというハードを使っていかに収益を最大化するかというソフトの話が中心でした。

ところで、アメリカは来週月曜日がメモリアルデーで祝日なため、3連休です。今日は金曜日ですが、連休前の金曜日ということで、ほとんど休日モードです(笑)。マンハッタン内は観光客の姿がいつもより目立ちますし、僕の事務所があるオフィスビルも昼過ぎごろから早々に仕事を切り上げて家に帰る人たちがたくさんいました。

そんな人たちを尻目に、僕と言えば、明日より日本からクライアントが視察に訪れるので、その準備でばたばたしていました。気ぜわしく動いている間に一日が終わってしまい、それでも何か書かなきゃということで書き出したら、こんな緩い感じのブログになってしまいました。

まあ、こんな日もたまにはいいか(言い訳)。

番組視聴率からCM視聴率へ

最近のSBJで面白い記事を見つけました。

アメリカでは、昨年からネットワーク局(地上波全国放送)が広告主にCM枠を販売する際、従来まで広告料金の参考にされていた番組視聴率に加え、CM視聴率(実際にCMを見ている人の割合)を提示するようになってきています。これは、広告主からの求めによって、2006年11月から視聴率データを調査しているニールセンメディアリサーチ社が本格的にCM視聴率の提供を開始したためでした。

考えてみれば当たり前のことなのですが、CMに入ればトイレに立ったり他チャンネルにザッピングするユーザがいるわけですから、番組視聴率に比べてCM視聴率は下がるはずです。番組を見ている人の割合と、CMを見ている人の割合が異なれば、当然広告料金を算出する際は後者を参照すべきです。

ただ、スポーツ番組は、幸か不幸かこの動きに遅れをとっていました。

例えば、NCAAのカレッジバスケットボールのように、同じ時間枠で複数の試合が複数の地域に多重的に放映されるため、CM視聴率を測定する仕組みが非常に複雑になるんだそうです。そのため、全国放送スポーツ中継のCM視聴率を測定する技術が確立されていなかったんだそうです。

しかし、今年中にもニールセンがこの技術を確立できそうということで、早ければ来年からスポーツ番組の広告販売には、CM視聴率のデータが提示されるようになりそうです。

日本の状況はどうなんでしょうかね?朝日新聞によれば、日本で「視聴率」といった場合は、通常は「世帯視聴率」(対象世帯に置かれたテレビで放送と同時に視聴している世帯の割合)を指すそうです。つまり、「視聴率10%」といっても、必ずしも日本国民の10%に相当する1200万人が見ている計算にはならないということです。

単純化して、例えば視聴率調査対象となっている4人家族が10世帯あったとしましょう(合計40名)。ここで、「視聴率20%」(10世帯中2世帯が番組を見ていた)といっても、40人の20%にあたる8人が必ずしも見ているわけではなく、合計2人しか見ていなくても世帯視聴率として20%という数値がでてしまうことになります。この場合、本当の視聴率は5%ということになります。まあ、極端な例えですが。

怖いのは、視聴率至上主義で数字だけ一人歩きしてしまいながら、数値と実態が乖離してしまうことでしょう。

【関連情報】
Nielsen Plans to Track Viewership Of TV Commercials for First Time(Wall Street Journal)
〈視聴率のふしぎ・上〉収入直結、「安心効果」も(Asahi.com)

知られざる人工芝の危険性

今でこそ、アメリカのメジャースポーツで人工芝を用いているスタジアムはかなり少なくなってきましたが、1960年代に登場して以来、人工芝はそのメンテナンス効率の良さやコストパフォーマンスの良さから、一時多くの施設に用いられることになりました。その名残で、今でも高校や大学のグラウンドや公共施設では、まだ人工芝を用いているところが少なくないようです。

人工芝(特に初期のもの)と言えば、硬い表面による足腰へのダメージが指摘されてきましたが、ここに来て新たなリスクが指摘されるようになっています。鉛による健康への悪影響です。旧式の人工芝の塗料の中に鉛が含まれているそうなのです。

NY及びNJ州では、この健康被害を憂慮して、既に閉鎖されている人工芝フィールドがいくつか(half-dozen)あるそうです。鉛は特に子供の健康に悪影響があるということで、例えばNJ州では、グランドの鉛汚染レベルを測定した上で、危険なレベルにあるフィールドへの7歳以下の子供の立ち入りを禁止している市もあるそうです。

専門家ではないので、よく分からないのですが、日本の人工芝は大丈夫なんでしょうか?ちょっと不安になります。

【関連情報】
Artificial turf: Health hazard?(USA Today)

ROSを巡る企業とスポーツの進化

吉田秀雄記念事業財団が発行する広告・マーケティングの研究広報誌『AD STUDIES』の第25号(5月25日発行予定)に、「米国におけるスポーツマーケティングの現状 〜ROS(Return on Sponsorship)を巡る企業とスポーツの進化」と題したコラムを寄稿します。

同財団は、「鬼十則」で有名な電通の第4代社長、吉田秀雄氏の功績を称えるために創設された財団だそうで、今年はオリンピックイヤーということもあって、同誌5月号で「企業とスポーツのコラボレーション 〜スポーツマーケティングの可能性」というスポーツマーケティング特集が組まれることになっています。僕も特集の中でアメリカのスポーツマーケティングの現状を、「米国企業のマーケティング戦略上のスポーツマーケティングの位置づけやトレンドを解説する」というスコープで寄稿しています。

【Vol.25 Spring 2008】 ※5月25日発行予定

■特集: 企業とスポーツのコラボレーション 〜スポーツマーケティングの可能性〜
 1. スポーツマーケティングの評価
  −期待感とコミットメント− 海老塚修氏
 2. スポーツマーケティングとスポーツ消費
  −なぜスポーツマーケティングは発展するのか?− 原田宗彦氏 
 3. スポーツマーケティングにおけるメディアの役割
  −メディアから見たスポーツマーケティング− 坂田信久氏
 4. 米国におけるスポーツマーケティングの現状
  −ROS(Return on Sponsorship)を巡る企業とスポーツの進化− 鈴木友也氏 

■対談: 広告研究最前線
 企業とスポーツのコラボレーション
  −スポーツマーケティングの可能性−
   上治丈太郎氏 × 亀井昭宏氏

コラムは同財団HPよりPDFで見ることができるようなので、興味がある方は是非ご覧下さい。

「井戸を掘る」ということ

昨晩、休暇先からNYに戻りました。アリゾナ州のセドナという街に行ってきました。

セドナはネイティブ・アメリカンの聖地で、「ボルテックス」という、地球のエネルギーが噴出していると彼らの間で言われる聖なる岩山が何箇所もあり(オーストラリアのエアーズロックのイメージ)、そこをトレッキングしてきました。



また、ネイティブ・アメリカンの聖なる儀式「スウェット・ロッジ」(Sweat Lodge)にも参加してきました。この儀式は、文字通りロッジの中で汗をかくというものなのですが(ロッジの中心にストーブがあり、それに聖水をかけてサウナのように汗をかく)、ロッジを母親の子宮に見立て、ストーブからの蒸気で体と心を清めなおすというものです。この儀式を終え、出口から出る(子宮から出る)と、再度生まれ変わることになり、新たな人生を迎えることができるのだそうです。

入り口を完全に閉ざしてしまうので、中は真っ暗で、その中で聖なる水が蒸気となって体と心を焼き尽くして清めるのですが、この蒸気がもの凄く熱いんです。水着を着ての参加となるのですが、人間はこんなに汗をかくのか、というくらい滝のような汗をかきました。暑さに耐え切れなくなる頃に(時間にして15分くらい)、入り口を開け、換気します。そこで、呼吸ができることの有難さや水を飲めることの有難さを噛み締めるというわけです。このサイクルを3回繰り返しました。

最近、村上春樹や河合隼雄の書籍をむさぼり読んでいます。村上春樹の小説には「井戸を掘る」という表現が良く出てきますが、このスウェット・ロッジも正にそのような体験だと気付きました。中は真っ暗ですから、視覚的な価値観は全て排除され、自分の内面と地球とのつながりだけが意識されるような状態になります。本当に、自分が生まれる前に母親の子宮の中にいた状態のような感じです。(井戸を掘って中に入って入り口を閉めれば、このスウェット・ロッジと全く同じ状態になります)

今、特に先進国では生活が豊かになりすぎているため、人間が自然の一部であるということを再認識する機会は非常に限られてしまっています。自分が自然の一部であると意識される際に感じられる感謝とか愛とかいう、忘れかけていた根源的な価値観を、このスウェット・ロッジでは感じることができました。

こうした根源的な価値観を再確認する行為を「井戸を掘る」ことだと考えると、こうした行為は通常は宗教を通じて行われるのかもしれません。こうした行為が、ある意味で進みすぎた近代資本主義の利便性とバランスを取っているのかもしれません。アメリカの個人主義が暴走して社会が破綻しないのも、キリスト教というブレーキがあるためだと感じます。

一方で、実質的に宗教のない日本では、「井戸を掘る」という確認作業がないがしろにされているのかもしれません。便利さの対極にある根源的価値観という対立軸が見えにくい社会になっているのです。日本に出張する度に、日本は疑いなく世界一便利で清潔で安全な国だと思う反面、何だかいつも社会が扇情的で上滑りしているような、地に足の着いていない感覚を覚えます。

河合隼雄氏も、多くの著作の中で「宗教というブレーキのない日本に欧米的個人主義が上っ面だけ導入されると、非常に利己的な社会になってしまう危険性がある」といった警告を記していますが、全く同感です。定期的に「井戸を掘る」ことを忘れないようにしたいものです。

マーケティング“される側”の違い(日本滞在の感想)

週末、無事親友の結婚式の司会を終え、全ての仕事のアポも消化し、充実した日本滞在になりました。

結婚した新郎新婦は、実は「シアトルから戻りました」「大家友和ドリームツアー」などで紹介した大家選手のチャリティーツアーの引率者同士。ツアーが縁で結婚というのは、嬉しいことです。大家選手もとても喜んでいました。

中大での講義も、初回で250名の教室に学生が入りきらなかったため、第2回は急遽大教室に変更して実施するなど、嬉しいハプニングとなりました。スポーツビジネスが着実に1つの産業として学生に認知されつつある息吹を感じました。

さて、いつも日本に出張する際は都内に滞在するのですが、今回は久しぶりに実家(神奈川県相模原市)に泊まりました。クライアントのアポで都内に出る際は、場所にもよりますが1時間から1時間半くらいはかかってしまいます。1時間前後の通勤時間は、日本では標準的なものだと思いますが、正直、やはり通勤ラッシュは体力的にも精神的にも辛かったです(ちなみに、NYでは企業の始業時間がばらばらなのに加え、立地も分散しているので、通勤ラッシュはあるのですが、ドアの前が込み入る程度で、東京ほどの猛烈さはありません)。

いつもは、仕事柄、マーケティング“する側”の情報を集め、これをもとにコンサルテーションを行っているわけですが、今回の滞在ではマーケティング“される側”の生活者の日米差を改めて感じるいい機会となりました。

日本での印象を誤解を恐れずに一言で言ってしまうと、「生活者(特にビジネスパーソン)が疲れきっているなぁ」というものです。そして、ちょっと穿った見方をすると、社会インフラやマーケティングもこうした疲れきった生活者を前提に構築・実施されているのではないか?、というような印象を持ちました。

今回の滞在で改めて痛感したのが、電車の乗り心地の良さでした。ほとんど揺れないですよね。立っていても、つり革につかまらなくても本が読めるくらいです。長時間座っていると、電車の中にいるのを忘れてしまうくらい快適です。NYの地下鉄に慣れている僕にとっては(NYの地下鉄はとても揺れる)、日本の電車は自動車に例えれば新車、NYの地下鉄は10年落ちの中古車くらいに感じられました。やはり、通勤ラッシュの激しい日本では、社内での快適性を高めておくことは重要なのだと思いました(しかし、2分間隔でホームに溢れる人を飲み込み、送り出していくラッシュ時の山手線のオペレーションは凄いですね)。

また、テレビ放送ではお笑い番組や、情報を必要以上に噛み砕いた上で、視聴者からのアテンションを引くために大げさな装飾(キャプションやCG、BGMなど)が施されたお笑い系情報番組?が目に付きました。こうした番組では、視聴者はほとんど何も考えることなく映像を見ていれば、ストレスなく楽しい時間が過ごせるでしょうから、まあ考え方によっては疲れて何も考えたくない人にはぴったりというわけです。書籍も、内容的に斬新、というよりは、今までにも良く知られているエッセンスを、楽しく、深く考えることなく読み進めていくことができるように再構成されたものが売れるという現象が起きているようにも感じました。これも、テレビと同根なのかもしれません。

アメリカでは、妊婦やお年寄りなどは絶対的に保護されます。電車に乗っていても、ヒップホップファッションに身をつつみ、ゴールドのアクセサリーをじゃらじゃらつけている、一見恐そうな黒人のお兄ちゃんでも、お年寄りがいればすぐに席を譲りますが、今回の滞在では立っている老人に誰も席を譲らない状況を何度か目にしました。しかし、これも、座っている人が不親切、というよりは、疲れていて立ちたくないのだと思います。

総じて、仕事中心のカルチャーと、通勤ラッシュの激しさが、生活者から活力や余裕を奪っているように見えました。

やはり、スポーツというのはエンターテイメントですから、生活者に余裕があったほうがマーケティングし易いですよね。日本になかなかスポーツが根付かない要因として、こうしたワーカホリックなカルチャーも大いにあるのではないか、という思いを強くした滞在でした。

日米の学生気質の差

今週から日本に出張しています。ここ1週間あまり移動が多く、体力的に結構きついです。飛行機は、乗るだけで疲れますよね。特にNY→成田は14時間のフライトという長丁場で、こればっかりは何度乗っても慣れません。

今回の帰国は、親友の結婚式の司会という大役を仰せつかっているためなのですが、それに併せてクライアントとの情報交換や進めている案件の調整など、ぼちぼち仕事も入れています。3月末まで猛烈に忙しかったので、今回はちょっと余裕を持たせて、などど考えていたのですが、何だかんだ言っても、予定が徐々に埋まって行ってしまいます。根っからの貧乏性なのかもしれません。

さて、今回滞在中に、非常勤講師をしている中央大学での授業も2回予定しており、既に第1回の授業を月曜日に終えました。講義は僕を含めスポーツビジネス界で仕事をしている数名の社会人が持ち回りで担当するというもので、その中で僕は年間4回の講義を担当することになっています。

中大での講義も今年で5年目に突入したのですが、今年の講義で初めて講師の中でトップバッターとして学期の初回の授業を担当することになりました。それが、先日月曜日でした。

中大の授業は、人数が多い(200〜400名くらい)ということもあって、学生とのインタラクティブな構成はちょっと難しく、粛々と説明を進めて最後に質疑応答を行うのですが、過去の経験から言うと、多くの学生が我先に質問を行うというケースは稀です。積極的な生徒が何人かいると、それにひっぱられて周りの学生も質問しだすということはあるのですが、場の空気を見ながら質問するというのが大抵です。この傾向は、僕が講師をしたことのある慶応でも一橋でも大差はありません。

これがアメリカだと、様相は全く違ってきます。僕は母校のマサチュセッツ大でも学部生に対して授業を行ったことがあるのですが、向こうは質問があれば授業の途中でもばんばん聞いてきますし、講義の最後にQ&Aセッションを行えば、誰を指したら良いのか分からなくなるほど手が挙がります。そして、最も大きな違いは、授業が終わった後の学生の行動です。

日本では、授業が終われば何人かの学生は個別に質問しに来たりするのですが(この時も結構いい質問が多いので、できればQ&Aの時に皆の前で聞いて欲しいのですが)、多くはそのまま帰ってしまいます。これがアメリカだと、多くの学生が講師やゲストスピーカーの前に列を作って並び始めます。何をするのかというと、名刺をもらうのです。

アメリカでは親が学費を払うというのは稀で、多くは自分で学生ローンを組んで授業料を支払い、社会人になってから給料の一部をその返済に当てます。なので、アメリカの学生は非常にハングリーです。僕も親のすねをかじりながら、しかも授業には出ずにアメフトに明け暮れていた口なので、全く人のことは言えないのですが、この辺のハングリー精神は見習って欲しいと思います。

しかし、日本の学生が何も考えてないかというと、そうではないんですよね。中大では、講義受講後、学生全員に講義の感想や質問を書いてもらうのですが、紙に書いてもらうとたくさん質問が出てくるんですよね。要は、自分なりの考えや疑問は持っているのですが、それを人前で披露するのを躊躇するのです。

でも、これは僕はとっても良く理解できます。例えば、大学院時代、授業の最後に教授は必ず「質問ある人は手を挙げて」と聞くのですが、アメリカ人は疑問点があれば間髪いれずに手を挙げます。でも、僕は手を挙げる前にいろいろと考えてしまうのです。「こんな質問しても大丈夫だろうか」と、自分が聞こうとする質問がその場にふさわしいか考えてしまうのです。

僕はこれは日本の受験勉強の弊害だと思っていました。日本の受験は、「たった一つの正解を探す」という作業を繰り返すため、受験勉強を経験した日本の学生は例外なく「正解から外れること」を猛烈に恐れるのです。だから、自分の考えや疑問があっても、それが正解からはずれていないことが分かるまで、それをオープンにしないんですね。

でも、最近は、そうではないのかもしれないな、とも思っています。先日、「中空構造日本の深層」でもお伝えしましたが、河合隼雄氏の「中空均衡型モデル」によれば、日本人は、欧米人のように合理的に思考し判断し、それを個人の責任において主張するのとは違った価値観の中に身を置いています。「個」の論理を重視するアメリカと、「場」の論理を重視する日本という、伝統的な価値観の差が、授業の質疑応答の学生の行動にも見られる、という風に今は考えるようになりました。

さて、話を月曜日の授業に戻すと、初回ということもあって250名収容の教室では学生が納まりきらないくらいの盛況で、さすがに授業中の質問はあまりありませんでしたが、授業後の質問ではいつになくたくさんの手が挙がりました。

トップバッターということで、多少緊張していたのですが、学生の熱気に勇気付けられた面もありました。来週月曜日(21日)に2回目の講義を行う予定です。受講者数がガクッと減っていないといいのですが(笑)。

オンライン・オーナーシップ

先日、知人から面白い情報を教えてもらいました。

■あなたもサッカーチームオーナー 〜ゲームの世界が現実に!

サッカーチームのオーナーになるなんて、一部のお金持ちの話。と思っていたら、誰でもオーナーになれる史上初の夢のようなコミュニティが出現した。イギリス発のオンライン・コミュニティ「MyFootballClub」(マイ・フットボール・クラブ)は、登録した会員たちがプロサッカーチームの買収を目指す集まりだ。2008年2月19日、遂にEbbsfleet United FC(エッブスフリート・ユナイテッドFC)を正式に買収した。(続きはこちら

このオンライン・コミュニティーが買収したのは、「プレミアリーグから数えて5部相当」のチームということで、「同チームの75%の株(62万5000ポンド、1億3000万円)を所持」することも投票により承認され、Ebbsfleet United FC側も臨時株主会議を開いて買収を公式に承認したそうです。

2008年2月時点の会員数は、2万8300人超で、年会費は35ポンド(7280円)。参加資格は16歳以上で、参加者の平均年齢は27歳だそうです。なかなか面白いアイデアですね。経済的に苦しい環境にあるチームにとっては、新しい資金調達の手段にもなりますね。ただ、メジャーなチームのオーナーシップにはあまり馴染まない形態の様な気がします。

特にアメリカでは、オーナーには明確な責任の所在が求められるので、NFLでは一個人が少なくとも51%以上の所有権を有することが望ましいとされており、基本的に個人かパートナーシップか家族持ち株会社しかオーナーになれません。パートナーシップの場合でも、一投資家が30%以上の比率を握るマジョリティー・オーナーになることが求められています。

まあ、4大スポーツの中ではNFLがオーナーの資格要件には一番厳しいのですが、他のリーグも責任の所在は明確にする方向で一致しています。こうした背景を考えると、不特定多数がオーナーになるオンライン・コミュニティーという形態はまだ馴染まないのではないかなと思います。

この事例では、選手の獲得や移籍の判断までオンライン・コミュニティーが投票で行うようですが、こうした情報は通常は機密情報に当たるので、オンラインというオープン性とはコンフリクトがあるような気もします。

とはいえ、まずは下位リーグのクラブで試験運用されながら、いろいろと進化していけば、面白いオーナーシップ形態になるかもしれませんね。
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